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「この一冊」 - 図書の紹介- 201106号 | 「信じられぬ旅」
分類番号は913。
今回の東北地方太平洋沖地震では、多くの動物達も被災しました。彼らと、そして彼らを待つすべての人に。ひとりでも多くの人が家族と再会できることを心から願ってやみません。
信じられぬ旅
シーラ・バーンフォード(講談社 世界動物文学全集14 1979年)
2011/03/31更新201106号
かつて(遥か昔だが)『三匹荒野を行く』という映画を観たのであった。
テレビ画面には眩しいほどのカナダの大自然を舞台に、いったいどうやって撮ったのか、犬や猫や熊などを生き生きと描いた、ディズニーの面目躍如たる“実写”映画だった。
その原作が、当館にあったのである。黄色い布貼りの、古めかしくも懐かしげな文学全集の中に本書を見つけ、思わず手に取った。
作家であるジョン・ロングリッジが旧友から預かったのは、二匹の犬と、一匹の猫。若く逞しいラブラドールのルーア。年老いて愛嬌たっぷりのブルテリアであるボジャー。そして優美で賢いシャムネコのテーオ。独身貴族であるロングリッジはようやく犬猫たちとの生活にも馴染み、ちょっとばかり愛着が芽生えてしまったところである。
だが彼が家を離れたふとした隙に、三匹は、この「信じられぬ旅」へと出発してしまう。家政婦との連絡の行き違いで、誰にもその出発を気づかれぬままに。
ルーアは帰りたくて帰りたくて、仕方なかったのだ。
主人の元へ、懐かしい我が家へ。「家」は何百キロも離れており、ロングリッジに不満はないのだが、それでも焼け付くような思いはどうしようもないのだ。そして、彼は帰るとなると、ひとりで帰るわけにはいかなかった。
テーオは肩をすくめるように、そしてヨボヨボのボジャーはしぶしぶと、友と一緒に旅立つ。目指すは西! とにかく西へ!
オオカミ、熊、ヤマアラシ、オオヤマネコ。三匹は次々と野生動物に遭遇する。食べるために、生きるために、時には命を賭けて闘う描写がなまなましい。おもしろいことに本書には「テーオは嬉しかった」とか「ルーアは悲しかった」といった直截な表現があまりない。彼らは単純に「おなかがすいて仕方なかった」り、「いらいらした」り、「自信があった」りするだけだ。が、たとえば尻尾をふったり、うなだれたり、耳をそばだてたりといった仕草、じっと見つめたり仲間を舐めたり唸ったりする行動がきめ細かく描かれ、それによって彼らの体温とともに心までがひしひしと伝わってくる。
そして三匹は、人間たちとのユニークな出会いと別れを繰り返す。ペットと縁のない人々、
敵意を持った人もいた。そもそもロングリッジ自身、「自分はめったなことでは感動しない」と思っていたような人間なのだ。だが三匹のひたすらな旅がすべてを巻き込んでいく。
一歳の誕生日からボジャーと育ったピーター、テーオを愛してやまないエリザベス、ふたりをかわいがるロングリッジ、その旧友で、ルーアを相棒として育てたハンター教授。登場は少ないが三匹との関わりによってくっきりと輪郭が浮かび上がる。ルーア、ボジャー、テーオの三匹も、ラブラドールやブルテリア、シャムネコの気性を損なうことなく自然に描かれている。何しろテーオは「小さな毛糸玉のよう」だった子ネコ時代に若きボジャーと出会い、華々しい喧嘩を乗り越えてからいつも一緒だったのだ。そして二匹は大人になって、若いルーアを揃って受け入れた。互いにもはやかけがえのない存在であり、だからこそ、三匹はあらゆる難関を越えて、時には猛々しく、時には滑稽に、そしてみじめに震えつつもまっすぐに進んでいくのだ。
立塞がったのは過酷な大自然であった。三匹の武器はつよい絆、そして人々との絆である。冬を目前にしてアイアンマウス山脈の猟銃保護区へ、ロングリッジが「足もとがかすんで見えなくなるほど」心打たれたラストシーンへと向かうクライマックスで、ページをめくる手を止められたらそれこそ奇跡だ。果たして本当に犬猫はこれほど仲良くなれるのかとか、三匹の旅は可能なのかとか、そういう事は吹き飛んでしまう本書の迫力を体感すべし! すでに書店にはないだろう。でも図書館では、三匹があなたを待っています。
図書館 司書 関口裕子