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「この一冊」 - 図書の紹介- 201117号 | 「ちょっとネコぼけ」
分類番号は645.6。
ゲートを入って右手の新聞・雑誌コーナーのすぐ奥にある<読物>棚にこれら写真集はあり。本作には今年の震災の被害を蒙った地域の写真もあり、あらためて復興を願います。まだまだやれることを探さないと。
ちょっとネコぼけ
岩合光昭( 小学館 2005年)
2011/09/16更新201117号
デジタルカメラ登場以前、そう、旅の間中、フィルムの残量を量りながら撮っていた頃である。必然的にフィルムは連れと融通し合う。ある日、言われたものだった。
「ネコの写真は1日3匹までだよ」
確かにサン・ピエトロ大聖堂を優先するべきだろう。だが、フォロ・ロマーノの遺跡にたたずむトラ猫は、そりゃあ何の変哲もないオレンジ猫かもしれないが、しかし、そこで、そのときにしか撮れない風景なのだ。
日なたの、お気に入りらしい石の窪みでヒゲをキラキラさせて、巨体を広げてうたた寝している、オス猫。カメラを向けても悠然としている。このとき、フレームの中には猫とフォロ・ロマーノと、そのあけっぴろげな空気や時間、猫を育む気質がすべて写っている。
この三時間後、水を買う店先で、雑誌やら菓子やら(商品)の上に寝そべった白黒ブチ猫をジャマしないよう、腕を伸ばしてガムを買う紳士の様子でも見てしまったら。しかも、店員が猫の名前を教えてくれたりしようものなら、また撮りたくなってしまうではないか。 いつもいつも、あと何匹撮れるだろう、と、その残量も量らねばならなかった。
岩合光昭氏は日本でもっとも有名な「猫の撮り手」のひとりであろう。氏には大判の写真集も多くあり、それに比べると本作は縦横20センチ足らずと小ぶりである。メインは猫であるから、必然的に背景の切り取り方は小さくなる。見て撮影場所を特定できるほど情報があるものは、ほとんど無い。
写っているのは、どこでも見かけるような、路地、民家の窓、屋根瓦、石畳、境内、田んぼ、港…そしてそこに暮らす人々と共に写る、どこでも見かけるような猫たちだ。
「ニッポンの猫」のような、日本のうつくしい田舎に佇む猫の写真集かな、と思うと、イタリアやトルコの写真も出てくるから、違う。ではとりどりに、バクゼンと猫を散りばめた写真集かと思うと、それも違うのだ。見開いたページごとに、小さなテーマがある。共通する猫のポーズだったり、猫の種類だったり、似た背景だったり、「食」だったり「遊び」だったり。その連続にもかすかな流れがあって、岩合氏がカメラを手に町に出て、猫と出会い、あとを追い、時間が移り、食事になり、やがて猫同士が出会い、恋をして、子供が産まれ、母子の時間が始まり…と、静止した写真ながら、そこにはいつも動きがある。たとえ眠っている猫だろうとも、確かな生命の鼓動を感じる。日の光は移ろい、風が吹き、田んぼには土の、港には海の、木造民家には木の匂いがする。やはり、うまい。
百枚ちょっとの、このさりげない写真たちを撮るために、いったい氏がどれだけの時間を費やしたのか。それはおぼろげに察するしかないが、その生き方が写真に写しこまれているのは間違いない。氏は猫と共に生き、猫と人との営みをかけがえなく思っている。人が大事に思うものはそれぞれに異なり、その違いは摩擦も生むだろう。尊重し合うのは時に難しいが、伝え合いたいものだ。本作に写っている「人」の姿はきわめてさりげないが、猫のいる裏庭、猫のいる境内、猫が乗るバイク(もちろん停まっている)などに「人」の匂いが宿っている。氏が撮ったのは、猫だけではないのだ。
最後のページに氏が綴った一文は、猫だけでなく地球上のさまざまな生命の姿を撮ってきた氏の言葉だと思うとさらに、感慨深い。かつて、旅先で筆者がネコぼけしそうになるたびに、やきもきしていた友人の気持ちはもっともで、どう言い返していいかわからなかった。それでも本作のページをめくりながら、ネコぼけにはネコぼけの言い分があるのだと、今更ながら呟いてしまうのである。
図書館 司書 関口裕子