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ダルタニャンの生涯

ダルタニャンの生涯


佐藤 賢一 (岩波新書 771 2002年)
2011/11/02更新201120号
分類番号は081。佐藤氏がフランス革命について筆を揮った大河小説は、いま毎月文庫が出ていますな。読んでいると今の日本のことが見え隠れする。いま、日本は縁の下のダルタニャン達が支えている。
読書週間にちなんで、久しぶりに有名作家の一冊を。

冒頭で著者の佐藤氏は、ダルタニャンが「世界で最も有名なフランス人」と評しているが、そうなのか?! 少なくとも日本ではそこまで爆発的な人気はないんじゃ…と思わないではないのだが(では誰が最も有名なフランス人かと言われると迷う)、今は時期的にはいいタイミングである。なにやらアクション満載の豪華な映画も公開されたし、タカラヅカで『仮面の男』もかかっているし。
ダルタニャンと三銃士の、絢爛たる大活劇を知らないでいるのはもったいない。このシリーズ、とっても長い。読書の秋に、長く、ガッツリ、存分に愉しみたい、という方に大いにオススメなのである。いや、ほんとに、読み終わるのが悲しくなるほど堪能すること請合いだ。

さて本書は、そのダルタニャンが実在の人物である、という衝撃の事実から始まる。
まぁ知る人ぞ知る割と有名なトリビアだし、種本がある名作は珍しくもなんともないんだから、衝撃と言ったら言い過ぎか。とにかくダルタニャンは架空のヒーローではないのである。だから本書は、言ってみれば伝記なのであった。そう来たか。史実を料理してものすごいご馳走をつくってしまう佐藤マジックに期待してしまう。大丈夫、裏切られない。

史実のダルタニャンは、大元帥になんかなれなかった(やっぱり)。
史実のダルタニャンは、王妃やイギリス国王を救ったりしなかった(それはそうだろう)。
史実のダルタニャンは、夫婦仲にも悩んでいた(あぁ)。
が、ここが面白いところなのだが、ではダルタニャンは、地味な小市民だったのか、というと、それがそうでもないのである。丁寧に彼の事跡を追っていくと、まことに魅力的な人物像が浮かびあがってくる。財務長官ニコラ・フーケの逮捕劇のドラマはシブいことこの上ない。戦場で落命する最期に至っては、涙さえこぼれそうである。ダルタニャン、いい男ではないか! 惚れ直す女子続出間違いなし、「上司にしたい男性」アンケートにぜひ推薦したいぞ!

彼は部下の銃士たち、故郷からの縁故者、親戚たちの面倒も見つつ、軍人としての任務もこなし、なおかつ戦地にも臨んでいたのだ。若く派手好きなルイ十四世の好みで、銃士たちはホントウに房飾りのついた帽子をかぶり、背中と胸に銀の十字架がついた青羅紗の外套を着ていたのだ。そういった伊達姿を安い給料でどうやって賄うか知恵をしぼるのも任務だったのだ。そして家庭でも悩み多かった。現代人と変わらない。
が、彼はそれでも時として、断固たる侠気(おとこぎ)を発揮したのである。

この物語が発行されたとき、フランスは革命から五十年ほどが過ぎていた。恐怖政治、ナポレオンの台頭と失脚と復活とまた失脚、復古王政、うまく行かずに七月革命、王様が変わり七月王政と、変転を繰り返していた。ブルジョワ寄りの政治が続き、民衆の不満は絶えなかった。
そんなとき『ダルタニャン物語』は、超特大、空前絶後の大ヒットを飛ばしたのである。
その主人公が、いわゆる有名人ではなく、しかし見事な好漢であった、というのは痛快である。そして今、その好漢を掘り出してくれた粋な作家に感謝したい。読後感、まことに爽快。こういう男を、物語を、いま、人々は待っているのである。

図書館 司書 関口裕子