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「この一冊」 図書のご紹介

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千年前の人類を襲った大温暖化‐文明を崩壊させた気候大変動

千年前の人類を襲った大温暖化
‐文明を崩壊させた気候大変動


ブライアン・フェイガン (河出書房新社 2008年)
2011/12/02更新201122号
分類番号は451.8。 本書のあと、『銃・病原菌・鉄』にトライしたらさらにテンションが上がりそうである。人類が闘ってきた歴史がページから立ち上がる。『『環境考古学への招待』に飛ぶのもオススメ。
例えば『風の谷のナウシカ』(映画版)が史実なら、どう歴史書に載るだろうか。
資本主義社会の膨張、環境破壊、大戦などのあと、「腐海」について書かれるだろう。そして各地域の状況および相互関係の章があり、ここに登場する筈だ。記述の中心は大国トルメキア。王蟲によってその軍の壊滅を謀ったのはペジテ市難民だから「ペジテの反乱」と名づけられたかもしれない。
「…乱当時、風の谷はトルメキア軍の征圧下であり、巨神兵と呼ばれた生物兵器もここで整備中であった。軍隊のない農業国家が標的となったのはこのためである。乱の収束までの過程が神話として語られがちなのは、風の谷による表立った軍事的行動や外交交渉が見られない事が大きい。王女ナウシカを始め三国の王族が果たした役割については幾つかの説がある(以下略)」
こんな感じか?? あの瑞々しいドラマを脳内で再現するには、これに加えて、戦記や伝記などさらに数冊を読む必要があるだろう(きっと書かれている)。
本書は、こういったアプローチとはまったく違う方法で、過去の復元を試みた。

本書が扱うのは「中世温暖期」と呼ばれる、主に10世紀から14世紀頃の時代である。当時が今より暑かったのかとか、その原因は何かとか、とかく盛り上がるのは「地球温暖化」という大問題のためだ。温暖化対策はご存知のとおり一筋縄ではいかず、連携も困難なため、温暖化本体についての議論もやかましくなる。
本書は、それらについて明確に答えるような一冊ではない。
が、これも温暖化本かと思って手にとった読者は、その手を本書に握られたまま、長い長い旅に出ることになるだろう。リチャード獅子心王の頃の英国に始まり、チンギス・ハーンが疾駆するユーラシア平原へ、駱駝が横断するサハラ砂漠へ、ヴァイキングが漕ぎ出でた大西洋へと、時間軸も行きつ戻りつし、船酔いしそうである。そしてカリフォルニアからメキシコ、ペルー、海を渡ってイースター島、インド、カンボジア、中国黄河に辿り着く頃には、はて、最初の章はどんなだったっけ、と、呆然としてしまった。
さまざまなイメージが点滅する。大聖堂、キャラバン、クナール船、セイウチの牙、どんぐり、マヤのピラミッド、モアイ、アンコール・ワット…筆者には、チムー王国の遺跡都市チャン・チャンなど未知の事も多かった。しばらく現実世界に戻って来られない方も多いだろう。多くの文明の繁栄と喪失がこだまするようだ。旅の目的地は遥か先に思えるが、幾つもの文明を襲う気候変動と、その相互作用を繰り返し読むうちに、そうか、これらはバラバラの話ではないのだ、と実感した。エルニーニョとは、これほど奥深いものだったのか。

本書は気象が人類に及ぼした影響を、僅かな手がかり(サンゴや雪氷コア・樹木の分析など)で探るために、例えばマヤ文明や中世イングランドの生活について、まるで『ナウシカ』で風の谷が描かれたように丁寧に書き起こしてくれた。断片かもしれないが、鮮やかであった。だからこそ思い描けたのだ。干ばつという静かな災害の恐怖。それに脅かされ続け、あるいは歴史から姿を消していくしかなかった民の姿を。
これが結論という訳ではない。こういう見方も出来る、という一冊である。しかし読み甲斐があった! 地球儀をまわすように歴史を眺めていたら、その地球儀が熱くなったり新しい都市が出来たり、水が干上がったりしたのだから。
こういう魔法を本にかけられる人が、この世にはいるのである。

図書館 司書 関口裕子