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「この一冊」 図書のご紹介

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ヒドラ - 怪物?植物?動物!

ヒドラ - 怪物?植物?動物!


山下桂司(岩波科学ライブラリー181 <生き物> 2011年)
2012/06/01更新201211号
分類番号は『ペンギン』と同じく408。6月6日が氷室冴子氏の命日なのである。その前に書きたかった。彼女が書いた平安時代の小説がキッカケで、平安文学研究をされている方も多いそうだ。力のある本は、次に続く。モースの本も読んでみたいなぁ。

前回、ペンギンの本をご紹介しようと書架に行ったとき、ふと隣の本を見た。
迷った。続けて同シリーズを取り上げるのはなぁ…でも、この時期に出したい。
今回の一冊は、ヒドラ本だ。ヒドラというと、筆者には忘れられない小説があるのだ。
筆者がまだ10代の頃(百万年前だ)、本好き女子があまねく通った作家がいた。新井素子と、氷室冴子。両者ともコバルト文庫でベストセラーを連発していたが、氷室冴子の方は90年代半ばから新作が出なかった。次作を待ち望んでいた女子は多かったハズだ。
そのまま、2008年に亡くなってしまった。仲間うちでメールが行き交ったものである。

思えば、ちょっとズレた人、変わった人を書かせると、彼女ほど巧い人はいなかった。
いや、フツウの人のヘンさを書き抜くのが実に巧妙だったとも言える。そういうキャラ立ちした人物たちが、絶妙の掛け合いで小説を駆け抜けていく面白さは格別だった。
さて、ヒドラは、初期の傑作『雑居時代』に登場する、ある教授の研究テーマである。
この小説は、無関係の男女3人がある屋敷の住込みをする羽目になり、そこで毎回、珍騒動を繰り広げるのだが、その舞台となる屋敷の持ち主が、ヒドラ研究の教授なのだ。
主人公の一人、漫画家志望の家弓はスーパーでサエない老人と知り合う。買い物にもまごつく様子を見かねたのだが、家に招かれ仰天、豪邸ではないか! 老人は実はヒドラの世界的権威で、まもなくトロントの大学に招かれるため留守番を探しているというのだ。
そして家弓は、えんえんとヒドラの映像フィルムを見せられるのである。
筆者には、ヒドラは未知の生物だった。だから、切られてもつぶされても再生する様子に、家弓と同じように驚いた。そして今でも覚えているのだから、物語ってのはもの凄い。
家弓はその<ヒドラ力>から驚異の再生薬と、それを悪の組織が狙うアクション巨編を構想し「でもヒドラ塗り薬ってダサすぎ…」と悩みまくる。それを教授は「勉強熱心ですねぇ」と誤解するという、ズレまくった反応が印象的だった(冒頭では別の主人公が、冷蔵庫に詰まったヒドラに腰を抜かしていた)。

しかし今回、このヒドラ本を読むと、ヒドラ、美しいのである! いや、美しいのもいるのである。ひとくちにヒドラと言っても、ポリプ体とかクラゲ体とかいろいろあって、同じヒドラなのに発達の形態で名前が複数あり、分類も分かれていたりと、いちいちオドロキであった。発展途上の研究独特のとりとめなさは、ヒドラに負けない。著者が<海に浮かぶ宝石>と呼ぶヒドラたちも、もっと写真が多ければいいのに! ある巻貝以外には定着できないヒドラの幼生が、切なく待ち続けた挙句、当の巻貝にまったく気づかれず踏んづけられたりして、さらに著者がそれを見て「気づいてやれよ!」と憤るのなぞを読んでいるうちに、なんだか感情移入して、気分はヒドラ教授である。岩波書店の本書サイトにはヒドラ動画もあるので行ってみよう。家弓の気分が味わえる。
第4章の<ヒドラとヒトら>で、著者のヒドラ愛が結晶となる。映画『真珠の耳飾りの少女』から連想して、フェルメールと同年同月に生まれた“微生物学の父”レーウエェンフックから書き起こし、ヒドラに魅了された学者たちを綴るうちに、ひとりの青年に行き着く。モースという名の、学歴もない彼は絶妙な縁で研究者になり、やがて腕足類の研究のため日本にわたる…そして「あの」貝塚を発見するのである。すばらしい運びだ。昭和天皇のひたむきな研究から、現在のヒドラ研究界まで語り抜いた著者が夢見るのは、果てしない未知のヒドラたちとの出会いである。いつも思うのだが、めん類にしろ、ヤマネにしろ、チーズにしろ、愛に溢れた一冊はどれも輝いていて、捨てがたい。
こういう一冊を、ずっとずっと紹介したいなぁ! まだまだ、まだまだ、ありますよ。

図書館 司書 関口裕子