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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
モグラ―見えないものへの探求心

モグラ―見えないものへの探求心


川田伸一郎(フィールドの生物学:3 2011年)
2012/09/10更新201216号
分類番号は460.8。フィールドワーカーは減り続けているという(同シリーズ『テングザル』より)。フェイスブックとかツィッターとか、人とつながる技術が発達を続けている今、外に出て行かないのは惜しい。研究者よ、書を持っても外に出でよ!

研究、というと何とはなし、インドアというか、紙とペンとパソコンとか、いわゆる机上の活動のようなものを想像してしまうが、決してそんなことはない。それを嬉しいほど実感させてくれる珍しくも冒険的な研究の書、それがこの“フィールドの生物学”シリーズである。
当館には現在、7巻まで入っている。テングザルだのサイチョウだのヘビだの、いずれ劣らぬワイルドな対象を相手に奮闘する研究揃いで、どれから読んでもあまり期待は裏切られない。女性のフィールドワーカーが記した本だって、ちゃんとある。まずは少しでもご自分が興味をひかれた一冊をお読みになられてはどうだろう。
…ということで当欄を結んでしまうと、ちょっと放任主義すぎるので、筆者お気に入りの一冊を選んで紹介させていただこう。
それがこの、モグラ研究。著者は国立科学博物館動物研究部に所属しておられる研究者である。名古屋大学の研究施設から始まって、ロシア、アメリカ、中国、マレーシア…と、なかなかダイナミックに舞台も展開する。その間にはNYの同時多発テロが起こったり、著者自身がバス事故に巻き込まれたりと、スリリングな箇所もあったりする。こう言ってはナンだが(研究者としては)英語も得意とは言えない、海外経験も乏しい著者が、渡海し現地の人々と交流しつつ、アウトドアなフィールドワークを続けるドキュメントが面白くないワケがない。が、それにしては淡々と、日記のようなエッセイのような素直な文体で本書は綴られていく。
染色体からのアプローチしか知らなかった著者が、さまざまな研究者との触れあいの中で、だんだん逞しくなっていく、ちょっとした「成長の書」でもあるのだが、この「ひょうひょう感」がいい。読んでいくとこの著者、例えばお酒は大好き。ロシアでは「ウォッカ全種類踏破」(瓶がズラリと並んだ写真まで載せている!)を目指し、中国では“白酒”をガッツリいただく。勧められた食べ物もまずは全部食べる。“こういったものに対する順応性も調査には必要な素養”と“わきまえている”と、自ら記すほどなのだ。それだけではない。宴で盛り上がればカラオケはおろか、ギターまで披露する。機材がないならスケッチするさ、とロシアではアルタイモグラの下顎の歯を、スケッチとして残しているが、それを見ると絵心もあるようにお見受けする(研究者の方々はみんなそうなのか?)。多芸多才、愛嬌たっぷり、バイタリティ溢れるキャラなのだ。
なるほど、こういう方だからこそ、次々と出会う研究者仲間との縁を生かせるのか。彼自身、他の研究への協力も惜しまない。世界中の研究者が、メールをやり取りしたり、シンポジウムに出たり、研究施設で隣り合わせたりすることで、輪を広げていく様子は読んでいて気持ちがいい。世の中、これぐらい風通しがいいといいなぁ。
とにかく、これから研究者への道を歩まんとしている方々には、フィールドワークの魅力を伝える指南の一冊であるし、それ以外の方々にも「研究者の人生」を、お楽しみ感と共に垣間見られる絶好の書と言えよう。ガッツ溢れる若者が世界中で挑戦する様子を微笑ましく読むのも良し、「よくやるなぁ」と思いながら自分では出来ない実録モノとしてとらえるのも良しではないか。

著者の研究活動は続いている。が、国立科学博物館の職を得て、研究のペースは「少しゆっくりとした進行状況」になっていると言う。そう、本書では、アルバイトなどをする様子もちゃんと記されている。「情熱とか努力とか根性」といった言葉を「とても古く美しい言葉」と記す著者が、意図的にフィールドワークの体験談を散りばめたこの「モグラの書」、モグラについてももちろん多くのページを割いている。『Nature』の表紙も飾ったという、世にも珍しいホシバナモグラ(星鼻土竜)君を写した写真だけでも、本書を手にする価値はあるかも。

図書館 司書 関口裕子