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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
新装版 ナチュラリスト志願

新装版 ナチュラリスト志願


( TBSブリタニカ 1991年 )
2013/03/27更新201304号
分類番号は460.7。監修は開高健。『リンバロストの乙女』を読んだ方はナチュラリストを想像しやすいかも。蛾の標本が貴重な小道具になっていたっけ。作者のジーン・ポーターも著名なナチュラリストだった。

春! 春! カフェのテラス席にも人がいる! アウトドアな季節がやってきたのだ。書を持っても外に出たくなるような、うってつけの一冊をご紹介しよう。
絶対に書店では見つかるまい。<新装版>と銘打たれているが出版は20年以上前である。いい感じに色づいたページをめくるとそこかしこに花やかな挿絵と写真が散りばめてある。文章はそのテーマの広さといいヴィヴィッドな内容といい、みずみずしい新緑のようだ。

ナチュラリストという耳慣れない言葉に首を傾げ、自宅の庭から草原、山、水辺、海へと舞台を移しながらほとばしる自然の描写に、いったいこのうつくしい本は何なのだ、と思ったあなたは、まずあとがきの解説から読まれるといいだろう。筆をとったのは、当欄のアイドル・日高敏隆氏である。彼によれば、ナチュラリストとは「自然をよく見つめ、より深く理解しようとする人々」のことだという。そう、本書は生粋の、類いまれな、極めつけのナチュラリストであるダレル夫妻がものした、ライフワークの結晶なのである。おふたりが、さまざまなハビタット(生物の棲み場)ごとに、そこにはどんな生物がいて、どういう風に関係しながら、どんな風に暮らしているか、まるで自分がそこにいるかのように「魅せて」くれる本なのだ。
実際、本書を気の向くままに読んでいると、いま自分がどこにいるのか、パソコンの前か、湿った土の上でシダや苔やヤチネズミに囲まれているのか、クワイが葉を広げた池に足を浸しているのか、ちょっとボンヤリしてしまいそうである。夫妻にはすべてのハビタットが遊び場であるらしい。「とにかく森」とか「水中は専門外」といったカテゴライズは皆無である。どの章にも「撮影のための隠れ場」の作り方とか、「蛾の誘引方法」といった「ナチュラリストたるもの弁えておくべき」テクニックについて詳細でキュートな挿絵があり、実績のほどが窺える。登場するのも植物から昆虫から、小動物、鳥、魚、爬虫類、なんでもござれだ。ハビタットごとに見開きで、そこで採取できるであろう品々を並べたカラーページは必見である。写真なのに、絵みたいにキレイ。たとえ載っているのが動物の骨や蜘蛛や蛾や、ヘビの抜け殻だとしても!

くらくらしながらページを彷徨い(そうしたくなる本なのだ)、散歩疲れしたときのように足が(手が)止まったら、じっくり文章を読んでみよう。夫人が誕生日に見つけた毛虫があでやかなクジャク蛾だった、といったエピソードの選び方もさることながら、ところどころで吹き出しそうになるユーモアも忘れ難い。著名なナチュラリストが動物の撮影のために、等身大の牛の木型の中に隠れていたら転倒してしまい、数時間助けを待っていた、という挿話の後のひとことなどケッサクだ「牛の模型を作るときには、くれぐれも気をつけてくれたまえ」。

彼がいかにしてナチュラリストになったか、幼少時代を語る冒頭部分が微笑ましくて大好きだ。母上や姉上は寒冷紗で虫取り網を編んでくれ、浴槽にミズヘビがいるのに仰天した兄上らは「寝室兼博物館兼小動物園」をもらえるよう口添えしてくれる。家中のびんや缶を収集用の容器にし、ふんだんにあったワインのコルク栓などで標本ケースをつくって、彼はのびのび育っていったのだ。日高氏が言うように、生物学の発展の多くがナチュラリストたちの仕事であった。たとえ内容が多少古めかしくても、本書を手にとってくれる未来のナチュラリストがいてくれればと思う。巻末の「ナチュラリストのおきて」を含めて、すみからすみまで豊かな本書が、きっと貴重な種子になってくれるだろう。
なお、本は木で作られた紙の束である、それに見合う価値がなければ、という刊行の言葉を書いた開高健氏が監修をつとめている。どこまでも生き生きと真剣な一冊である。

図書館 司書 関口裕子