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「この一冊」 図書のご紹介

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庄内パラディーゾ アル・ケッチァーノと美味なる男たち

庄内パラディーゾ アル・ケッチァーノと美味なる男たち


一志治夫( 文藝春秋 2009年 )
2013/05/01更新201305号
分類番号は673.9。生産者も市民も料理人もみんな楽しみながら、身の丈にあった夢を持てる環境をつくっていく、という一文にしびれた。毎日食べる食事というものを、大事に楽しむために。もっともっと、知ってほしいことがある。

観るつもりはなかったのに、始まるとつい観ちゃう番組がある。
あの、キッチンカーにシェフと進行役のタレントさんが乗って、地元の農家や酪農家や漁師さんなどをまわって食材を集め、その都度舌鼓を打ち、最後にシェフが食材を生かしたスペシャルメニューを披露する、という例の番組。あれを観てると日本にはどこにでも、山盛りの旨いものとそれを護り続けてくれる生産者がおり、未来は希望いっぱい夢いっぱいというシアワセな気持ちになる。だから、つい最後まで観てしまう。
が。もちろん筆者とて昨日生まれたわけではないから、そこにはキビしい現実があることを知っている。在来野菜を始め「地元の味」を護るのは、大変なことだろう。
そこにしかなくて、とても旨い。
でも、手間がかかる。需要が無い。コストパフォーマンスが悪い。採算が合わない。
それでも、惜しい。
それら込み入った事情や、由来や、独特の味わいや美味しさ、それに加えて消費者と生産者と料理人のホンネ、全国流通の仕組みからからくりまで、一筋縄でいかないひとつひとつの「食材」を、見事に料理したのが本書である。舞台は庄内。藤沢周平が愛し、たそがれ清兵衛が暮らした土地だ。

本書に、派手な仕掛けはない。
主人公とも言うべき奥田政行氏はスター・シェフであり、いまや全国区の名店「アル・ケッチァーノ」のオーナーなのだから、庄内の自然と美味しそうな料理をカラーで随所に貼りつければ、それだけで見栄えのすること請合いだ。なのに写真は巻頭の数ページのみ。しかも、割と地味である。
期待しつつ手にとった時はやや拍子抜けしたが、読み始めてそんな思いは吹っ飛んだ。
この本、ひきこまれます。出てくるキャラの立ちっぷりがすごい。藤沢カブやカラトリイモ、平田赤ネギ、トマトや小松菜といった作物の生産者がそれぞれ登場するが、他にも酒蔵の主人や在来野菜の研究をするハカセや、果ては生産者なんだかプランナーなんだか得体の知れない大物まで飛び出してくる。みんな、濃い。エピソードも濃い(推薦入学の決まってた大学を、農家のお父さんがあっさりキャンセルしてたくだりなど、のけぞった)。まるで彼らのつくりだす在来野菜のように、クセもコクもある人々の前では、奥田氏がフツウに見えてくるぐらいだ。しかし彼は彼でかなりかっ飛んでいて、招かれて料理した先でいきなりメニュー変更するくだりなど、三谷幸喜氏にドラマにしてほしいぞ。
そういうワケで、本書には飽きるヒマがない。
庄内という土地も魅力的である。奥田氏は日本全国、いやアメリカやイタリアにまで招かれ料理を披露しているから、別に本書は庄内一色ではない。しかし、やはり本書のキモは庄内だ。苛酷な気候が育む大地、豊かな魚介類を届けてくれる庄内浜、本書によれば「天国のような大地」である。
その旨味をそのまま味わわせてくれるのが奥田氏だという。だんだん、そうだ庄内行こう、という気になってしまう。いっそ有休を取って…いや待て「アル・ケッチァーノ」は予約が取れない店とある。まず予約を…いや待て銀座のアンテナショップにも店があると書いてあるぞ、まずはそこに…いや待てやはり庄内で食べてみたいんじゃないのか、鳥海山の水を使ったアクア・パッツァとあるぞ、やっぱり有休を…と実に煩悩溢るる読書であった。

キビしい現実についても、本書の赤裸々の描写を受け止めた。時々お先真っ暗な気分。だからこそ「熱い」人々に救われる。
まずは今日もごはんつくろう。彦太郎糯の生産グループ「ままくぅ」のサイトにはレシピも載っているぞ。そうだ、いつもより食材選びには気をつかってみよう。それが我々にもできる、唯一のことだから。

図書館 司書 関口裕子