図書館MENU

「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
新鮮イカ学

新鮮イカ学


奥谷喬司 編著( 東海大学出版会 2010年)
2013/07/26更新201308号
分類番号は484.7。冒頭の『新鮮イカ学Q&A』では、「イカは攻撃的な肉食動物です」の鮮やかな一文すら、イカ初心者にはピリッと巧い。そして日本人とイカの親密さにしみじみ。欧米では「海の魔物」的なダイオウイカも、日本人がつい思うのは―「イカ刺し何人前?」。

上野恩賜公園を歩いていて、国立科学博物館の『深海』展の巨大広告に遭遇。 伝説のダイオウイカ…伝説ってクラーケンのことだろうか…夕暮れに浮かぶ潜水調査船の姿は異世界のようで、翌日ふらふらと所蔵図書の検索語に「イカ」と打ち込んだ。
新鮮イカ学。
二度見する。「新撰」イカ学の見間違いではない。おぬし、やるな! そのまま「序」を読むと、「全いか(全国いか加工業協同組合)」の創立四十五周年記念出版とあった。全いか! なんと味わいのある組織名だ。「イカ学の新境地とレベルの高さを世に知らしめる」サイエンスエッセイという本書に、筆者はこうしてひきずりこまれた。

一読して、以前当欄で取り上げた『虫たちがいて、ぼくがいた』を思い出した。「虫屋」の精鋭がたが、それぞれ語り尽くしたかの本もすごかったが、本書もイカだけあって、その面白さは読者に絡みついてカンタンには離れまい。ひとくちにイカと言っても世界最大のダイオウイカから最少イカのヒメイカまでメニューは豊富、研究するフィールドも遠くはペルー海域、近くは近所の立ち食い蕎麦屋といった感じにさまざまだ。立ち食い蕎麦屋? えぇ、そうです。DNA解析によって、立ち食い蕎麦屋のイカ天からもイカ事情が研究できるのである。立ち食い蕎麦屋初体験のセンセイの緊張が、読んでいても微笑ましい。
こういった研究の裏話がどれも絶品である。筆者が上野で見上げた「ダイオウイカ」について窪寺恒己氏が熱く語る第10章「巨大イカ暗黒に舞う」(※2006年時点)は、青色ハロゲンライトを激しく攻撃するヒロビレイカの写真などもあって、やはり読み応え満点だ。だがそれを言うなら「愛着をこめて“アメアカ”と呼ぶ」アメリカオオアカイカについての武勇談である第5章「世界最大の食用イカの不思議」も、外套1メートル級の大物を両手で持ち上げた写真、水からあげた巨大イカの咆哮(?)音、海に戻された“彼女”がイカスミをジェット噴射して去っていく様子などなど、臨場感たっぷりである。いやいや、大きければいいわけではなく、第12章「小さなイカに魅せられて」では、アマモの葉にくっつく姿も可愛らしい全長3センチほどのヒメイカが、自分より大きなスジエビを内部から食べ尽くす衝撃の写真に度胆を抜かれた。きらきらとキレイなだけに、カラー写真が生々しいぞ!

こんなことでは今回当欄、キリがないので、異色だった第4章「小さな石の秘密-イカの平衡石はCD-ROM-」で締めくくろう。イカの頭部にある長径1ミリ以下の「平衡石」。そのアフリカ大陸のような形の小さな小さな石をめぐる、壮大なおはなしだ。
主成分はカルシウムであるそれを研磨すると、切り株にあるような「輪紋」がみられる。それは一日一本形成される「日周輪」で、そのイカが暮らした環境の情報も持っているという。これはすごいデータになるのではないかと膨大なスルメイカからピンセットで一つずつ平衡石を採取、それを京大の研究集団、人呼んで「硬組織チーム」に持ち込み、大型加速器タンデトロンにかける。エネルギー工学のプロたちに怪訝なカオをされながら、1ミリ以下の石にビーム照射していくが、これを極めると今度は京大再生医科学研究所に赴き「飛行機のコックピットのような」波長分散型EPMAなる装置に挑戦する。だんだん話がでかくなるにつれ平衡石そのものはますます研磨されねばならず、それはすべて顕微鏡を覗きこみ行う手作業なのだ。くぅー!惚れるぜ、この根性! そこから浮かび上がるスルメイカの回遊ルートを紹介しつつ、なお研究の旅は続いていくのだが、読み終わったときには達成感すら味わえた。読んだだけなのに!
総勢14人の「いか屋」の面々の、イカ愛に圧倒される本書。それぞれにその馴れ初めから蜜月、後日談まで詰まっていて中身はびっしりである。噛めば噛むほど染み渡る本書の旨味を堪能し、夏を乗り切ろう。ごちそうさまでした。

図書館 司書 関口裕子