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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
うちのカメ オサムシの先生カメと暮らす

うちのカメ オサムシの先生カメと暮らす


石川良輔( 八坂書房 1994年 )
2013/12/04更新201313号
分類番号は487.95。もちろんカメコの生態がすべてのクサガメにあてはまるわけではない。だが、読んで損はしない。ここまでくるカメもいるのである。それが先生の「うちのカメ」である。

「私の人生のうちでも、妻に次いで長い間一緒に暮らしてきたのがこのカメなのです」。
冒頭にある一文である。なんと、三十五年間!
今から二十年前の、百二十ページほどの本書だが、あまりに面白くて、筆者はあっちゅう間に読み終えてしまった。
何が面白いって、そりゃぁ、カメである。
ビタワン(もちろん、あのビタワンだ)を手から食べたがるなどという描写から、おもむろに始まる。筆者のように、カメについて無知な向き(そういう方が多いハズだ)には、それだけで「へぇぇ」である。読み進む。昭和三十五年に新宿の表通りで、つまり道端の露天商から、生まれたてのカメを四匹、可愛さに負けて買ったとな。あー、よくあった光景だ。そうやってヒヨコや金魚を買ったという方も多かろう。しかしそこから三十五年続く付き合いはあまり無い。
オサムシ先生は、カメにはさほど詳しくなく、けっこう手さぐりで飼い始める。当初はミミズを採って与えておられたそうな。転居や越冬のうちに一匹だけ残った過程が書かれ、するすると二十年以上経過する。このあたりまでは、カメは「おうちの水槽にいるカメ」である。名前もまだない。
ところがふと、カメを部屋の中へと出してみると…いやー、ここからが滅法面白い。
俄然、カメは「カメコ」になった。何故って、瞬く間に「おうち」に慣れて、部屋をどんどん探検し、ぐいぐい自分の好きなように暮らし始めるのだ。
日向ぼっこ。エアコンの空調ボックスで暖を取る。ポリ袋に入る。季節によって、日課も変わる。そしてご夫妻がまた、実によく観察し、気を配ってまわるのだ。日が差してくると置いてやったり(そこからは日が動くにつれて、カメコ、自分で移動する)、空調ボックスから降りる滑り台をつくってあげたり。そういった工夫は、犬や猫の熱心な飼い主がつい行ってしまう溺愛っぷりそのものである。
そしてカメコ、ちゃんと意思表示もする! 「イヤイヤ」のゼスチュア(先生談“この身振りは本当に可愛いのです”)もあるし、不満の「ヒューヒュー」もある。持ち上げると行きたい方向を伝えてくる。何よりスキンシップだ。ご夫妻が旅行から帰るとまっすぐ足元に来、そこから続く描写は…なんとも言えず、いとおしい。
そう、筆者は、本書一冊でカメが可愛く思えてきた。くつろいでいる先生の胸の上で一緒にうたた寝したり、膝にどっちり乗っかっていたりするカメコ(写真たくさん)を見て、嬉しくなってきてしまったのだ。たたんだパジャマの上で手足を伸ばして寛いでいたりなんかすると、なんというか、キュンキュン(?)してしまう。重症である。
これはもう、淡々と、しかし細やかな文章のマジックだろう。カメコはドッグフードが常食だが、実は牛肉が大好物。先生はためしに食後、あげてみる。するとカメコ、どんどん食べてしまう。「とうとう首も手足もしっぽも、まったく甲羅に入らなくなってしまいました。食いしんぼうのカメはしばらく、そのだらしないかっこうでじっと、食べたものがこなれるのを待っていました」。このくだりなど、もう、絵本みたいではないか。

「カメコシッター」となった人々もちょこちょこ登場して、それも微笑ましい。ヒラメの刺身で、カメコがいっとき食通になってしまったりする。こんなに触らせてくれるカメはない、と「本当にいとおしそうに首や手足を撫でる」矢部さんという“カメ博士”は、巻末に解説として登場した。野生のカメには慣れっこだった矢部先生も、自分より年上の「家族カメ」は新鮮だったようだ。
昆虫博士であるオサムシ先生の、さすがのスケッチも随所で堪能できる。とどめは最後のページの「カメコ手形」。

衝動飼い、しないようにね。

図書館 司書 関口裕子