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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
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ゴリラの森でうんちを拾う 腸内細菌学者のフィールドノート


牛田一成 (アニマル・メディア社 2012年)
2014/09/30更新201408号
分類番号は480.4。著者は、勤務先の大学の図書館長になられたそうだ。図書館は本の住む森と書いておられる。なんと高校生の頃は人文地理学を志しておられたそうだが、一冊の本がそれを変えたとのことで、やはり本の威力とはすごい。

いやぁ、こういう本、大好きである。
著者は京大出身者。筆者などからするとエリートであるが、本書「おわりに」にある「入試用の赤本に、京大は「探検大学」だと明記されていた時代もあった」という一文で、グッと親近感がわく。探検の入り口は山岳部もしくは探検部で、ご自身は山岳部出身なのであった。最近、山岳部探検部系出身者の本を続けて読んだが(偶然)、断言してもいい。彼らの本にハズレはない。

近年発達した微生物の研究技法に「分子生態学」というのがあって、これだと生きたままの微生物でなくても、正しくDNAを取り出せば解析することができるんだそうだ。研究者となって以来、インドアで分析解析ばかりしてらした著者は、俄然、世界中を飛び歩くようになる。その時々に綴った文の結晶が本書である。
世界中といっても、本書の半分はアフリカ、半分はアジア。ヨーロッパやアメリカはほんのちょこっと。世界地図の割合とは随分隔たりがある分布具合だ。国としてはギニアやシエラレオネ、中国やインドである。シエラレオネといえばディカプリオの映画も話題になった紛争ダイヤモンド、そして長く続いた内戦(現在はそれにエボラ出血熱もプラス)と、なかなかヘビーな地域にあたるが、読んでみるともうそのままにドーンとヘビーである。いや、こういう地域だけでなく、どの章もなかなかヘビー三昧で退屈する暇もない。マルミミゾウに踏まれる危険性や、マラリヤの薬をゲットする方法など、なにやら牧歌的に淡々と書かれているが、我に返ればけっこうなヘビーさではないか。ホンモノの牧歌的さ、つまりゴリラやラクダの話、土地の美味美酒の話も次々繰り出されるが、その合間合間にヘビー系がさっと挟まれるのである。まったく油断も隙もないのである。
例えば「チンパンジーの群れは騒々しくて、ゴリラの群れはまったくの無音である」など、身近な観察者ならではの話題もてんこ盛りである。PCR検査についてのレクチャーなども、まるで女子がコスメやエステの発達について話しているかのような実感が溢れ、楽しく読めてしまう。さらにアルジェリアの市場の品揃えを観察する目など、日常のセンスもお持ちである。いやホント、アフリカの食べ物のあたりなど、つるつると読み進めてしまうのですよ美味しそうだったりビックリしたりで。それがいつの間にか交通事情の話になり気がつけば軍隊や山賊の話になっている。かの国に住む学者さんたちの複雑な胸中など、この先生、なまじっか観察力洞察力があるだけに、さりげなく書いてらしても破壊力はホンマモンなのである。
圧巻はチベットの項で、京大学士山岳会の遭難事故と、その7年後からの遺体回収の顛末が記されている。研究とは直接関係ないのだが、ぜんぜん違和感なく収まっている。登山目的でなくとも著者は大自然に出張り続けているし、登山先の政治的状況がもたらす影響は、研究のときも同じようにあるからだろう。それにしても本書を読んでいると、世の中のすべての事柄は、ことほど左様に相互関連しているのだとグイグイ実感される。もちろん日常だってそうなのだが、本書ではそれをダイナミックに拡大して見る感じである。
「やってみなければわからない」とよく言われるが、本書はまさにそれである。研究の過程でも結果でも、おやおやと思うことが多発するのが現実なのである。それを思いつくままにつれづれ書いているようで、読み終わるとまとまった感があるのは著者の姿勢のブレなさゆえか、理系のお手並みのたまものなのかは定かでないが、この「つれづれ」の部分は大きいと思う。読み手はここが美味しいからである。本書を読んで理科系興味、もしくは冒険心、または民俗学的関心、その他あらゆるものがそれぞれ読み手に生じたことだろう。それらが熟成されていって、また別の「つれづれ」を書いてくださる方が出るのではないだろうか。期待したい。こういう本は、もっとあるべき。
・・・それにしてもディテールが細かいのに感心する。よほどまめに日記を書いておられたんだろう。それとも記憶力が桁違いなのか。うらやましい。とにかく感想が尽きない。

図書館 司書 関口裕子