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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
世界の複数性についての対話

世界の複数性についての対話


ベルナール・ル・ボヴィエ・ド・フォントネル (工作舎 1992年)
2015/12/21更新201512号
分類番号は440.49。地動説の説明を聞いて、自分がいる星がくるくる回転していることにビビった侯爵夫人。でも平然と「回るだけの勇気は自分にあると感じています」と茶目っ気たっぷり。

情けなくも繰り返すがバリバリの文系である筆者が、専門書ひしめく当館の図書に挑んで、はや百冊以上。
こんなご縁がなければ一生開かなかった未知の分野でも、ふいに内容が腑に落ちていくときの充実感。この醍醐味を果たしてお伝えできているだろうか。登場する二人のキャラクターが、そのまま“本”と“読者”という組み合わせっぽい、この一冊に今年最後の望みを賭けてみよう。

本書は「私」が「G侯爵夫人」と二人きりで、地動説など天文のしくみ、惑星や恒星といった概念、そしてそこに生命体がいるのかなどという、何だか破格のテーマでもっておしゃべりを楽しむ体裁である。場所はフランスの郊外のお屋敷で、時代はルイ14世期。つまり「私」と「G侯爵夫人」は華麗なコスチュームの方々である。
「G侯爵夫人」は若く美しい未亡人。サロンで安楽に過ごす毎日で、まぁ昼間は客人たちにチヤホヤされるにしてもいい加減退屈だわ、と思っていたところに「私」という博識な滞在者を迎え、ふと交わした「他の星にも人がいるかも」という会話に飛びつく。「私」は、こういう事柄は理性でしか楽しめないからご婦人向きではない、と逃げをうつのだが、夫人はばかにしないでと「私」を夜毎の会話にひっぱりだした。およそ色気のない話題だが、舞台としてはロマンチックな夜の庭園。
「もし地球が回転しているのなら、私たちはしょっちゅう空気が変わって、いつも別の国の空気を呼吸することになりませんの?」
「地球の表面からある高さまでは、空気、つまり一種のけばで蔽われています。そして、そのけばに蔽われた蚕のまゆ全体が、同時に回転していくのです」
夫人はまったく自然学には疎いのだが、そこはすばらしい聡明さで「私」の言葉を理解していく。「私」のユーモア溢れる比喩も巧い。
地球を含めた惑星がみんなで太陽のまわりをまわっていて、月は地球のまわりをまわっていて、しかも自転もしているから、地球から眺めるとこんなふうだが、月から地球を眺めたとしたらこんなだろう…と、字面だけ追っていくと、一応原理を理解しているはずなのに「あれ?」とコンランしてしまったり、やれやれ面目ない。でもそこは本だから。少々後戻りして読み直せばよい(侯爵夫人の理解力はハンパないです)。
序文で著者はこんなことを書いている。
「すでにいくらか自然学の知識をお持ちの読者の方々には、知っておられる事柄を、少しばかり快く、面白い仕方で示して、楽しんで貰いたかった。またこの主題が目新しい人には、あなたを教えると同時に楽しませることができると思ったのだと申し上げたい」
そう、そのとおり。濃い珈琲(ちなみにルイ14世は珈琲好き)でもいただきながら、会話に参加している気分であった。カビとキノコの本は、先生が自分に語っているように感じたけれど、今回みたいに第3者的に耳を傾けるのもいいですね。要するに読書というのは本との会話で、すぐれた本の声は、きちんと読み手に届き、応えてくれるのだと思う。
ちなみにデカルトが提唱した「渦動」という概念。これは目新しかった。万有引力の法則が出てくるまでハバをきかせていたらしい。また、なぜ宗教がこういった知識の弊害になったかも、具体的にわかって面白かった。確かに、アダムとイブの子孫が月にいたんじゃ、説明に困るしねぇ。

本書、1686年の刊行以来、何十回も版を重ね各国語に翻訳された大ベストセラーだという。
サロンで語られるSF夜話なんて、ちょっと粋じゃありませんか。竹宮恵子氏に絵をつけてもらいたいなぁ。今年のクリスマスにはこのナンともお洒落な一冊をオススメして、また来年も、どうぞよろしく。

図書館 司書 関口裕子