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「この一冊」 図書のご紹介

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サルなりに思い出す事など 神経科学者がヒヒと暮らした奇天烈な日々

サルなりに思い出す事など
神経科学者がヒヒと暮らした奇天烈な日々


R・M・サボルスキー(みすず書房 2014年)
2016/01/29更新201601号
分類番号は489.9。例えば第3章の吹き矢のくだりだけでも何度も読み返すと思う。まったく文句なしに、めちゃくちゃにおかしい。そんな本書だが、アフリカについて深く知る絶好の機会であることも確かである。もちろん、動物たちや、そして人間についても。

ここのところ、年初めは干支関連でお送りしている。猿山のごとく多勢の当館サル本から、これぞという一冊を見事引き当てられるのか、おみくじみたいなものざんす、と斜にかまえていたら、いきなり大吉! とにかく、めっぽう面白かった。
NYっこであるサボルスキー氏(響きがすでにグッドですね)が研究したいのは「ストレスに起因する疾病と患者の行動との因果関係」。ストレスが健康に影響するなんてばかげている、と一蹴されていた時代が終わり、そうともストレスこそが万病の源とラスボス的に扱われるときがきて、著者は「他の人よりストレスに強い人がいるのはなぜだろう?」という疑問を持った。そしてヒヒを研究対象に選ぶ。
そういう理由でヒヒ研究!
そこから、もう意外。なんでもアフリカはセレンゲティ平原で暮らすヒヒたちは「王族のように恵まれている」らしい。食べ物たっぷり、捕食される危険もなし。彼らは毎日4時間ほど狩り(労働ですね)に費やすほかは「おたがいを煩わせることだけ」に暮らしているんだと。だからストレス研究にうってつけ、ということなのだ。
そして著者はアフリカに20年以上も通い続け、次々と「とんでもない目」に合う。
だって対象はヒヒですから!彼らの日常をストーキングして、ここぞという瞬間に吹き矢で麻酔をかけ、エッサホイサと運んで調べるのですから! まわりにいる人間は現地人ばかり。そしてその「現地」とはアフリカなのだ。
いやぁもう、ありとあらゆるカルチャーショックが詰め込まれている。手かえ品かえ登場する詐欺(どんどんひっかかる)にしろ、身の毛もよだつ生き物にしろ、我々が生きる世界とは違いすぎる風習にしろ、お腹いっぱいまで読み倒せるのでご心配なく。よくぞあんな目やこんな目に会いながら、いつもアフリカに帰ってゆくものよ。しかも著者は現地につくやいなや、食糧調達するのも待ちきれず、いい加減にあれこれつめこんで、ヒヒの群れへと勇んで飛び込んでいくのだ。

ここまで著者のつよい意思があるのだから、遠慮することはない。どんな目に会おうと(おかしな表現だが)安心して読めるというものである。本書の魅力はまず、そのさまざまな「ぶっとび体験」にある。
ヒヒの群れに自分を同化してしまうくらいの著者だから、アフリカの人々や社会についても、決して上から目線ではなくフェアに生き生きと描写していく。トイレがどこか聞くだけなのに四苦八苦する初級者レベルから、暗闇で軍隊アリの大群に襲われる超弩級クラスまで、どこを切り取っても大丈夫。退屈という二文字は本書には無縁だ。
さらに、なんといってもヒヒ。
ソロモン、ネブカドネザル、ヨシュア、オバデヤ、バテシバ、ルツなどなど、なんと旧約聖書にちなんだ名前で登場するヒヒたちの、その人間関係そのもののヒヒ関係の面白さといったら! もちろん、多少盛ってはいるらしい(何頭かのヒヒの個性を合わせてキャラクタをつくる的な)。だとしてもこの著者、小説を書いても相当イケるのではないか。もうヒヒ関係の続きが読みたくて読みたくて、筆者は夢中でページをくりました。感情移入もした。こういうヤツいる!と膝も叩いた(叩きすぎて平たくなったぞ)。
そして、これだけどっぷり泥臭く生きている著者であるから、そのアフリカ人生において、時に憤りや悲しみをおぼえずにいられない。二十年以上の時が過ぎて、ようやくかつての大奮闘を冷静に振り返ることができるようになったという。国際的な状況も変化した。淡々とそれらを綴る筆も見事で、本書に没頭する読者を強烈な感情へと誘う。ラストは、気をつよくもってお読みになってほしい。筆者はかなり、ヤバかった。周囲にひとが沢山いたので、きつかった。
キョーレツな体験談のオンパレードと、そのインパクトに負けないくらいの、ヒヒたち・人間たちへの細やかな描写。よくぞこれほどの体験を、こういう筆力のある著者が文章化したものである。この一冊を手にとった人は幸運だ。祝福あれ。なんだか新年から、完全にノックアウトされてしまったのだった。

図書館 司書 関口裕子