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「この一冊」 図書のご紹介

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エコノミストの昼ごはん コーエン教授のグルメ経済学

エコノミストの昼ごはん コーエン教授のグルメ経済学


タイラー・コーエン (作品社 2016年)
2016/04/27更新201604号
分類番号は330.4。そして筆者はもう一度、本書の各国料理についての章に立ち戻る。なるほど、日本食についての記述も巧い。いい本が翻訳されるようになったなぁ。そして下戸のゴローさんは、お得なグルメ人なんだなぁとヒソカに納得。

「これって『孤独のグルメ』のゴローさんが、経済学者だったら書く本だよな…」
読みながら、ずーっと思っていたが、あとがきを書いた先生も同じこと考えていた。やっぱりなぁ。
ただ、ゴローさんは圧倒的に食べながらの呟きがメインだけど(食べるシーンが見たいんだから!)、こちらは「食べるまで」の薀蓄が主。要するに「美味しい食を、どう探すか」について、うんとドライにぶったぎったところが本書のミソ。ここで押さえておくべきは著者のスタンスだ。この教授のモットーは「日常グルメ」なのだ。
あくまで身の程で美味しいものを、という、とっても共感できる立ち位置から、実にわかりやすく「価格設定のカラクリ」や「材料の新鮮さと供給環境」「各国料理の特色」などについて教えてくれるのだが、そうすると自然に輸送コストや移民事情や、格差問題などについてちょいちょい触れることになり、読んでいるうちにこちらもいろいろと思うこと多く胸ふくれ、グルメ本として読むならお門違いかも。でも、これからアメリカは勿論、どこか旅行に行く方、特に「レストランは自分で探したい」という方には、ぜひ熟読をおすすめする。
思えばガイドブックのお店は激混みだったり高くなっていたり、店内に日本人しかいなかったりするからな(遠い目)。ちなみにグルメ情報のネット検索についても本書は触れていて、ぐるなび族は万国共通だなとニンマリしたのはまた別の話だ。

と、言って、本書が「こう考えるべき」などと上から目線で宣う啓蒙書かというと、それも違う感じがする。
教授は美味しさと価格の妥当性を求めているから、たとえちょっとダークな一角にあるうらぶれた店でも全然平気そうだが、やっぱり外食は環境も大事、という方は沢山いらっしゃるだろう(せっかく日常と離れているんだから)。ドリンクの価格設定についてズバリこれだけ聞かされても、お酒を飲んでこそ外食、という一派(挙手)は堂々とオーダーすればよろしい。価値観は人それぞれなのだ。だが、教授が開陳したような現実を知って、自らの価値観に照らし合わせ、結果として再考を始めるのは本書の使い方として実に真っ当と思う。それに、環境代も予算に含まれていそうか、同伴者から考慮しておけば店選びが的確になり、よりいい店に当たるだろう。それに、応援したい店ならドリンクを多めに頼もうかな、とか考えることもできる。
そして、時には地球をまたにかけて日常グルメ道をまい進する教授だから、世界がこうした環境にたどりついた原因についても思考をめぐらせ、そこが本書をますますユニークなものにしている。別に飛躍をせずとも自然に、たとえばアグリビジネスやエコロジカル問題について考えるような流れになっていて、しかも教授は不買運動やエコ活動、遺伝子組み換えなどについてはかなりシニカルなので、そこだけ読むとなるほどセンセーショナルである。が、それはある意味当然で、何も彼はエコや健康を軽んじているわけでなく「その行為の効力」「社会の需要と供給」などを常に忘れないだけなのだ。費用対効果を論じてこその経済学で、ドリーミーな経済学者のほうが余程シュールである。
ここも要は発想の転換による別の選択肢の提示であって、教授が求める読み手の反応は「己はどういうスタンスでいるかを再確認する」というだけではないだろうか。「そういう見方もあるのかぁ」と思わせることこそが、グルメ本を経済学者が書く、という異色な本書だからこそのポテンシャルなのだ。
まぁ、とにかく、薀蓄というか経済学的記述にクラッときそうになったら、この教授の根本はゴローさんだということを思い出せばいい。教授が本当に食べることを愛していることは、塩麹のように本書に浸み込んでいる。
大事なのは自分が何を求めているか、どういうスタンスなのかを常に意識することだ。そのための情報はアップデートし続けること、そして分析すること。同じことをし続けるのも、改革するのも、それはその結果決めることで、本書はその重要性をいまいちど思い出させてくれた。やっぱり時々思いもよらぬ読書をするってあなどれん。
だってこれは、別に食に関してのことだけではないよね。

図書館 司書 関口裕子