この一冊
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驚きの皮膚
分類番号は141.24。前回の『麻酔をめぐるミステリー』を思い出し、さらに『すごい進化』や『ウイルスは生きている』を思い出し。読書の連鎖が途切れない。
すぐ役立つとか立たないとかじゃなく、その先の未来へ。本はどんどん歩いていくぞ

驚きの皮膚

傳田光洋 著(講談社 2015年)
2018/07/12更新201805号
「私はこの本で「システム」について考えようと思います」
冒頭、いきなりこれである。皮膚の本じゃなかったのか。システムってなんだ。
同著者の『皮膚は考える』(おなじみ岩波科学ライブラリ)には、皮膚について「最も大きな臓器」つまり複雑な構造や機能を持った「外臓」と言えるのでは、とあった。皮膚は電圧を持っていて電池的な役割をすることができ、センサーとしても優秀で、皮膚独自の(大脳とは別の)判断機能のようなものさえ備わっているそうだ。10年以上前の本だが、今でも面白い。
『驚きの~』は、この「皮膚すごい」賛歌の続編、バージョンアップだろうと読み始めたんだけど・・・違ったんだな。
いや、違わないけれど、単純なパートⅡではなくて、かと言ってリブートとかでもなく、もはや別ジャンルといってもいいようなものだった。前者が皮膚の映画としたら、こちらは著者が、ずうっとずうっと皮膚について考えを発展させ続け「到達してしまった」皮膚を通じて世界を語るお噺だった。
それぐらい、ちょっと途方の無さを感じる一冊である。なので読後感もイメージが混みあいすぎて整理するのが難しいのだが、今のところの筆者の総括はこうである。
「皮膚のスペックが高すぎて、そこに意味を見出したくなるのはわかる!」
本書はその「意味」について、思うさま語った一冊と言えそうなのである。

もちろん「皮膚すごい」の最新知見も沢山読める。
たとえば痛いとか熱いとか、そういったときの判断速度は、脳より皮膚感覚の方が速いというのはインパクト大だった。確かにその方が理にかなっている。第一章に、脳を持たないゾウリムシが触覚のみでどれほど高度な動きをするかや、それを思い起こさせる科学技術(例えば猫が乗ってサーフィンしたりする、もはやお馴染みのあのお掃除ロボ)についてわかりやすい説明があるが、これがまた面白いんです。頭脳やCPUといった「真ん中ですべてを統括するシステム」に拘らなければ、もっともっと可能性はあるよ、と、読み進むうちに脳内にこだましてくるような感じだった。
さらに、人間が「皮膚がむき出し状態に進化」したのには理由があるはずだ、と言われると、確かに進化は都合がいい方向に起こるわけだからなぁ、と頷いてしまった。毛皮で体表をカバーするより、むき出しのほうがお得だよ、とどこかで判断した遺伝子たちがきっといたのだ。全身ツルッツルのタコに高性能の頭脳があることもその証ではと言われてまた唸る。なんせ筆者はタコ本でタコのハイスペックさに圧倒されたばかりなのでタイミングよすぎである。

著者はもともと物理化学の分野にいらした方で、化粧品会社に就職したばっかりに「皮膚科学を研究して」ということになったそうである。本書にはさまざまなエピソードが紹介されていて、アニメの『AKIRA』から『イーリヤス』といった文学、マーラーの交響曲、ゴッホやジャクソン・ポロックの名画に至るまで題材が実に豊かで、うーむ、きっと多彩な興味をお持ちの方なのだろう。当初は専門外だった研究の過程で著者は、ときに外部からのアイディアも募り、試行錯誤をして、そして「構想」を重ねる。本書には随所に研究知見が盛り込まれているが、それと同じくらい「著者の構想」が登場するのだ。そしてそれを証明するべくまた奮闘、の繰り返しである。
人間はシステムを創りたい生きものなのではないか、現代はそれが発達し過ぎているのではないかという警鐘は、他でも聞かれるかもしれないが、それに相対するものとして「皮膚感覚のような、他者が共有し得ない個の無意識」を置いたのは鮮烈だった。確かに! 同じものを触っても感じ方は違う。なんてユニークな考えかただろう。
これはオリジナルな路だ。著者が歩き、固めていった貴重な足跡である。

皮膚感覚が言語を生み出し、育んでいったのではないかという仮説、続報が楽しみである。言語学者との対談なんか面白そうだ。が、本書はさらにその先へと歩いていく。 いいところで終わりにしてくれちゃって、という気分。ここからだろ、またすごいのは。


図書館 司書 関口裕子