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働くということ

黒井千次 (講談社現代新書 648 1982年)
2010/06/18更新 045号
芥川賞の候補にもなり、谷崎潤一郎賞などを受賞した小説家が書いた。かなり古い著作だが、内容はいまだに光っている。紹介したいと思う。

著者は、はっきり書いている。小説家を志し、そのための勉強として、企業に就職した。
腰掛けのようなものだった、と解釈していいだろう。
だから「会社員の生活とはそんな身勝手な夢をたやすくかなえてくれるようなものではなかった」という一文は切実である。著者は結局、十五年間企業で働いた。
働くことはなぜ面白くないか。
なんのために耐えるのか。金のためか。
愚痴になりそうな内容を、さすがに小説家、きちんと読ませてくれる。あかるい本ではないが、筆者の導きたい方向が見えてくるまで頑張ってほしい。
例えば「労働」と「遊び」は相反する存在なのか、という問いかけから、「労働」は疎ましく「遊び」は好ましい、という単純な構図でいいのか、という問いかけが生まれている。「趣味は所詮、趣味にすぎない」という著者のひとつの結論には、凄みと、奇妙な希望のようなものが見える。
「俺はこの会社は少しも好きになれない、けれどもこの会社の製品は好きだ」というエンジニアの言葉など、著者のこれまでの出会いも紹介しながら、ページは進んでいく。著者の小説の仕事が軌道にのったとき、上司に相談したら、即答されたという。
「君はもう辞めたほうがよい」
上司が語ったその「理由」は、著者にとって爽快ですらあったという。ここは、ぜひ本文を読んでほしい。

著者の若い頃の息遣いが聞こえてくるような、臨場感のある作である。彼の「仕事観」を彩ってきた人びとへの思いもこめられ、そこらへんの小説より胸に迫るものがある。