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獣医学科

犬の手術侵襲に対するウリナスタチンの効果
獣医外科学教室 教授 多川 政弘

犬における手術侵襲に起因した末梢血リンパ球数減少並びに末梢血リンパ球アポトーシスの増加を軽減し、免疫能の低下を防止する目的で多価酵素阻害薬であるウリナスタチン(ミラクリッド;持田製薬)を投与してその効果を検討した。
ウリナスタチンの術前投与によって開腹手術における手術侵襲による術後の末梢血リンパ球数減少並びにリンパ球アポトーシスを有意(p<0.05)に抑制した。また、開腹手術によって上昇した血清TNFα濃度と末梢血リンパ球アポトーシスとの間に高い相関性が示された。
ウリナスタチンを術前に投与することによって術後の免疫能低下を阻止できることが強く示唆された。

はじめに

手術侵襲による生体反応として、肝臓の貯蔵糖質、脂肪、蛋白質の分解が亢進し、血中、尿中の窒素などの含窒素代謝物が増加する。 また、主要な器官の機能が障害され、さらには免疫能が低下して術後の感染や腫瘍の増殖および転移の危険性が高くなる。
手術侵襲によって惹起される有害反応を制御する試みは古くから成され、数多くの研究が展開されているが、侵襲によって起こる中枢神経系、内分泌系および免疫系の変化を十分に制御できないのが現状である。
本研究では手術侵襲による免疫能低下の指標である末梢血リンパ球数減少並びにリンパ球アポトーシスの増加を軽減し、免疫能低下を防止する方法として、多価酵素阻害薬であるウリナスタチンの有効性を検討した。

材料および方法

本研究では研究用ビーグル犬10頭に対し開腹手術として卵巣子宮全摘出術を実施し、内5頭には術前にウリナスタチン5万単位/kgを静脈内投与し(ウリナスタチン投与群)、残り5頭は無投与対照群とした。
手術は、すべてチオペンタールの静脈内投与によって麻酔導入を行い、気管内挿管をした後イソフルレン吸入麻酔で維持して行った。
観察項目は、総白血球数、白血球百分比、リンパ球サブポピュレーションの解析(フローサイトメーター:Cyto ACE-150、日本光電)、リンパ球アポトーシスの検出(蛍光顕微鏡による形態学的観察、ヘキスト33342染色およびTUNEL法の3種類の検査法)、血清コルチゾール値(RI法)、血清TNFα濃度(WEIHI-13VAR使用によるバイオアッセー)で、各々の供試犬について術前から術後4週間まで経時的に採血して測定を行った。

実験成績および考察

本研究では、犬においてリンパ球アポトーシスの発現を指標とした手術侵襲時の生体反応に対するウリナスタチンの効果を検討した。
結果は、ウリナスタチンが末梢血リンパ球アポトーシスの発現を抑制する効果を認めたが、リンパ球数減少とリンパ球サブポピュレーションの変動を完全には阻止出来なかった。 しかしながら、ウリナスタチン投与群は、非投与群と比較してCD4/8比の上昇傾向を認めると共に、末梢血リンパ球数の減少を緩和した。
本研究ではさらに開腹手術における炎症性サイトカインである血清TNFαを測定して、それらの値を比較検討した。
開腹手術における血清TNFαの増加はウリナスタチン投与によって抑制することが示された。 また、ウリナスタチン投与群における末梢血リンパ球アポトーシス発現は、TNFαと強い相関性を有し、ウリナスタチンがTNFαによって誘導される末梢血リンパ球アポトーシスを抑制していることが示唆された。
本研究の結果から、手術侵襲における末梢血リンパ球アポトーシスの誘導機序がグルココルチコイドおよびTNFαと関連していることが示唆され、術前にウリナスタチンを投与することによって、手術侵襲による免疫能の低下を抑制できることが明らかになった。