牧場長挨拶
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教育、研究のみならず社会に大きく貢献する付属牧場富士アニマルファーム牧場長吉村 格(富士アニマルファーム 教授)

■ はじめに

本学の付属牧場は、文部科学省関係の法令「大学設置基準」第39条(付属施設の項)に謳ってある 『畜産に関する学部または学科には飼育場または牧場を置く』ということが根拠となり、 昭和51年、紆余曲折を経て宮城県小野田町に開場したことに始まる。 平成4年、現在の山梨県富士ヶ嶺地区に活動の拠点を移してから瞬く間に25年の年月が経過したが、 付属牧場で働く場員は全面的な大学支援、学生支援のために精一杯の汗を流している。

■ 「畜産」という産業

「畜産」とは家畜を飼って人類の生活に利用する産業のことである。 特に、太陽の光と空気によって独立栄養を営む草資源を人類にとって利用価値の高い畜産物に転換し、 それを生命体として蓄え貯蔵する有効なシステムである。 そこでは従属栄養を営む草食動物が緑色植物を食べ、エネルギーやタンパク源として利用した後は 糞尿として排出する。有機物である糞尿は微生物の働きによって発酵し肥沃な大地を造り、 草食動物の餌となる草を成育させる。理想的な畜産はこのようにして自己完結型の循環型環境を形成するのである。 人類は有史以前から大地を耕し、作物や家畜と共存しながら食料を確保し、生物資源を持続的に生産してきたのである。 この営みは生活環境の快適さを維持し、地域固有の文化を創り、さらに人間自身を育む教育的機能の源泉でもあった。

■ 『畜産』をとりまく時代の流れ

昭和36年の農業基本法が掲げた「畜産」の拡大路線は、ファースト・フード化に伴う畜産物の需要増を背景に強い政治的な庇護に支え続けられてきた。 それまでの我が国農政が「米作」至上主義であったものが、現在では農業総生産に占める畜産の割合は約30%までに達している。 しかしながら、近年の世界を覆うグローバル化の波は、諸外国との農産物貿易自由化交渉を突破口に確実に我が国農政の基本方針の流れを変え続けている。 その煽りは教育界をも巻き込んで進行し、このことで「畜産」の文字が学部、学科の組織名から排除され、講座名、 授業科目からも消滅する動きが顕著となっている。全国のほとんどの大学では「畜産学科」の冠名を捨て、 教育カリキュラムは「生物資源科学」「動物応用科学」へと大きく舵をきり、本学においても既に「動物科学科」に学科名変更が余儀なくされ、 大学名からも「畜産」の文字は消えてしまった。学校教育の現場において、 食料生産の重要性と農業の特質に関する教育を誰が担うのかを食糧安全保障確保の観点からも明確にする必要があると考えている。

■ 学生に対する付属牧場での教育

学生に対して専門の実習教育を行うことは、大学付属施設にとって最優先の任務と位置づけられ、 そのための敷地と共に大がかりな施設が整備され、専任教員・技術職員が配属されている。 「牧場実習」とは「牧場の実地または実物について学習すること」であり、 その中で動物や植物とのふれあい、教職員や仲間との共同的な起居、食事、 労働を通じて人間形成を培おうとするものである。牧場がもつ豊富な自然的資源や人的資源、 蓄積された技術や情報などを十分に活用し、実習教育を通してどのような学生を世に送り出していくのかが問われている 特に本学付属牧場においては、「食べる」という行為は人間が生きていることの証であること、 賢い食べ方は賢い生き方に通じることを強く学生達に伝えたいと願っている。

■ 生命を継ぐ

家畜の生殖が人間の支配下に置かれている以上、飼育者である人間が一方的に家畜に対する「生殺与奪」 の権限を与えられているといっても過言ではない。その権限を行使するということは、 管理する動物に対する全ての責任を負うことでもある。管理者は家畜たちの不快情動を理解し、 できうる限りのストレス回避に技術力を傾注しなければならない。人間同士の愛は、相手の幸福を願い、 成長を支援するための暖かな普遍の想いと言い表すことができるかもしれないが、 家畜に対する愛はストレスからの解放という技術的な行為に収斂される。一方、 その見返りとして動物から人間に届けられる愛の形は、心を癒す眼差しと自分自身を処理することで生産される畜産物という名の食料である。 人は食べないと生きていけない。人間は他の生き物の命を頂かなければ命のリレーができない。 動物たちの穏やかな眼差しが我々の心に届くのであれば、動物にも確かに「魂」は存在するのである。 だからこそ、我々は動物の心を弄んではならない。また、食事は慎んで頂かなければならない。 食事の前に手を合わせて「いただきます」と祈ることは他の生物の命を頂く者の義務でもある。 人間のために屠られた動物たちに憐れみと感謝の気持ちを持ち続け、 我々が心も身体も健康に日々暮らして生きることこそが、愛しい動物たちの 「生命を継ぐ」ことになるのだと思う。

■ おわりに

農学はもともと農業についての学問であり、その維持発展という目的に結びついて成り立っている。 未来に生きる我が国の子供達が決して飢えることがないように、 より実学的な学術指向の性格が強まることを期待したい。「農学」栄えて「農業」 滅ぶと危惧した百年前の言葉がいよいよ現実のものとなってきている。「農学」と「農業」 の狭間で佇んでいる我々付属牧場の教職員は、家畜の飼育者として、食料の生産者として、 さらに日本の未来を背負うことになる学生達を指導する大人として、「畜産」のことをもっと話しておかなければならないと思う。 日々の仕事と雑用の忙しさに怠けたまま、心の想いを言葉に置き換えることをしなければ「畜産」の 未来は切り開かれることはない。「畜産」への夢を持つことと、夢への想いを彼らに伝えることは同じではない。 畜舎で家畜に餌を与えながら、糞を掃除しながら、乳を搾りながら、 さらには宿舎で楽しい食卓を囲みながら、もっともっと彼ら学生達と話し合わなければならないと思う。