ブログカテゴリーイメージ
前へ戻る

第33号:「羊こそ我が命」上野動物園に無償譲渡

吉村 格(准教授/牧場長補佐)

2008/11/17 更新
 ある日、染色体の奥深くに漂っていた遺伝子の一つが、創造の神Cre・taの手によってすくわれ、光の中に投げ出されて我々人間にとっては驚くべき形質としてこの世に姿を現した。何故、このような形質を神が望まれたかは解らないが、カンブリアのほぼ真西に位置するマン島(現在は英国の自治島)に生まれた子羊の頭頂には確かにこの形質が迎え入れられた。その子孫達は、山岳種として厳しい自然環境の淘汰圧のなかでこの4本角の形質を頑なに守ってよく試練に耐え抜き、洗練された短尾種の遺伝子の乗り物として長く激しい生存競争にも打ち勝ってその命を後世に引き継いできた。
 有史以前よりマン島という幻想的な孤島において生き延びたこの未改良種は、その後バイキング達から「小さな愛らしい茶色い奴」という名で親しまれて可愛がられたが、18世紀後半からマン島に改良品種が導入されて以降はその数は激減し、今ではレア・ブリード・サバイバル・トラストの支援リストに挙げられている希少種として人間の傍らにそっと寄り添って生きるしか術は残されていない。
 富士アニマルファームでは10年前にマンクスロフタンを導入し、繁殖を行い、現在では雌雄8頭を繋留している。写真の雄は搬入された時はとてもやんちゃで、4本角を武器に繋留場所は壊すし、交配中の雌羊は傷つけるし、人間には向かってくるしで大変困りものの羊であった。しかしながら担当の栗田職員の穏やかな眼差しは、温和しい動物に変貌させるのに大して時間をかけなかった。既に息子が後継種雄として日々繁殖のために奮闘し、2年前からは悠々自適の毎日を過ごしていた。
 この気品に満ちた羊は来場者の大変な人気者であったが、上野動物園の園長先生のたっての願いを聞き入れて過日譲渡した。上野動物園のホームページによると、既に展示がはじまり現在このマンクスロフタンの名前を募集しているという。天下の上野動物園ならばと断腸の思いで譲渡することを容認してくれた「羊こそ我が命」の栗田職員を慰めるためにも、ギリシャ神話に出てくるCre・ta(クリ*タ)の名で応募するしかないと思う。