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第42号:「よい馬」アイダホ号25歳

吉村 格(准教授/副牧場長)

2009/7/8 更新
 富士アニマルファームで繋留しているアイダホ号は、中間種、鹿毛の去勢馬である。現在25歳、人間の歳に換算するとすれば100歳といったところだろうか。中央競馬会の騎手養成のためにオーストラリアから連れてこられた大柄でタフな馬である。
 我が大学の馬術部に籍を移した後は、新入部員が安心して乗れる偉大な練習馬として愛され、また器用さもあって競技会に参加してよく頑張り続けた。日本馬術連盟から功労馬として表彰を受けた後は、既に老齢であることを心配する山内監督はじめ部員達、OBなどの希望を受け入れ、この平和な富士の麓で余生を送らせることになった。
 安穏とした生活を与えようとして富士アニマルファームに迎え入れた馬であったが、生まれつきの頑丈な身体は自然の懐で瞬く間に傷を癒し精気を取り戻していった。関係者の配慮に恩返しするかのように老体も顧みず最後のご奉公とばかりに、初めて乗馬に挑む学生、武蔵野市や富士河口湖町の子供達、さらには重度の障害者の人たちも含めて決して拒むことなく毎年400人~500人の人達を背中の上で喜ばせている。
 勿論、それを社会貢献としての価値ある仕事と認識するほどの能力は持ち合わせていないが、自分の行動に対して人がどのように反応するかを朧気ながら理解はできているようだ。馬のことを良く知る飼育者がこの馬の生まれつきの気質を見抜き「この行為は満足をもたらすものだ」「この状況では危険が及ぶことはない」などと日々の調教の中で考えさせ我慢させて適確に社会との関係を馴致させたに違いない。教えられた人を信じ、教えられたことを守って実直に生きてきた。その人間に対する姿勢は、従順というよりも隷属するといった言葉が近い。
 富士アニマルファームにおいてアイダホ号は稀に見る「よい馬」である。「よい馬」とは、飼い主である主人が利用するのにとても好都合な役に立つ家畜、即ち労働者であるということを意味している。生まれる前から決められていた「馬」という命の方向性に忠実に従い、主人に「アイダホ」と希望をもって名付けられた瞬間から人に寄り添って正直に暮らしてきた。今日まで人間との良好な関係の中でいろんな人達に喜ばれながら馬齢を重ねた25年間。振り返ればこの馬は私に、人間と動物との間に絶対的な契約が存在すること、それを基軸にすれば種を超えても信頼関係が結べることを高いレベルで改めて確認させてくれた。
 心と体を尽くして精一杯働いて人様のお役に立ちたいと願う私は、「アイダホ号」のことを愛しさと尊敬の念をもって「よい馬だ」と心からそう思う。