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第53号:希少家畜「マンクスロフタン」

吉村 格(准教授/副牧場長)

2010/4/9 更新
マンクスロフタン
 春になったことがわかるのか緬羊が次々と分娩を迎えている。その中に稀少家畜であるマンクスロフタン4頭の母親も含まれていて、これまでに単子で雌3頭、雄1頭の子羊が誕生した。雌の子羊が多く産まれたことは富士アニマルファームにとって大きな喜びであるが、それ以上に我々を喜ばしているのは雄の子羊の頭頂に生えることが予想される角の数のことである。
 既に上方に突き出ている頭頂部の2本、そして右耳のすぐ前の被毛から真横に顔をのぞかせている1本がある。そっと抱いて左耳の前を触診すると、出ようか出まいかとする堅い突起が感じられる。これで少なくとも父親と同様に4本角の持ち主になることはまず間違いない。さらによく見ると頭頂部に生えている角は、根本のところから縦方向に裂けているのがわかる。これに期待をすれば、分岐して6本角の持ち主になる可能性だってある。そうなれば上野動物園に譲渡した祖父と同じ本数となる。おもしろい形質が出現するこの家系は、再び脚光が浴びることになるだろう。
 我々の希望に応えてか日々大きくなる雄子羊の角であるが、その存在は未だ自身の知るところではないと思う。これから成長し、争って餌を食べようとする時あるいは発情した雌を奪い合う時が来るまでは、相手を威嚇し雌から魅了される武器であることに気づくことはないだろう。自然の淘汰圧の中で脈々と受け継がれた遺伝子をもつこの子羊に、機能的な角によって長い時代を生き残ってきたことの誇りを気づかせてあげたいのだが、残念ながら富士アニマルファームはそのような認識が可能となる厳しい環境下にはない。餌は潤沢に与えられ、繁殖に供用される雄羊は、この羊しか繋留されることはないのだ。
 このマンクスロフタンという稀少家畜。この原始的な羊から生産される肉は芳香で、毛もロフタンカラーという特別の名で呼ばれる貴重品だという。しかし我々は一度なりともその能力の恩恵にあずかったことはない。ただ我々が求めているものは、来場者がこの羊を見て感嘆し喜んでくれる『角』だけである。東京まで進出し観客にもて囃された6本角の祖父のように、いつの日か6本角を輩出するために雌羊に囲まれて頑張っている4本角の父親のように、この子羊も一生涯伸び続ける大きく重いこの上ない立派な角を機能的に使うこともなく、その存在そのものを価値として頭頂に戴いて生活することになる。2本しか生えずに淘汰されてしまった兄弟や従兄弟達とは違って、人間の目的に合致した形質を継ぐこの子羊の話は、繁殖がコントロールされている家畜という動物のめでたくも悲しい物語なのである。