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第65号:「種を播くヒト」

吉村 格(准教授/副牧場長)

2010/10/20 更新
確かに、私の幸せは『子供達が成長し成熟してくれること。孫達と手をつないで散歩すること。両親が老いても健やかでいてくれること。なによりも夫婦が円満でいられること。』と限定して自分の殻に閉じこもりたくなる時もある。『希望は家族であり、他に求めるものは何もない。今、私は十分に幸せである。』こう宣言して長い間不自由をかけてきた家族との幸せの中に自分を埋没させて社会を遮断してしまいたくなる時もある。

しかし、悲しいかな我々は明日の雨を信じて種を播くヒトなのである。例え結果として播いた種の芽が出なかったとしても、出た芽が雑草に負けることになったとしても、どんな意味があるんだと批判を受けようとも、自分の存在価値を仕事の中に創造するために種を播くのである。来春、この放牧地に青々とした牧草が茂ったとしても我々は奢らない。雑草に被われても、裸地になったとしても我々はへこたれない。クタクタになりながらも今日1日の労働が感謝のうちに終わることができたらそれが最高の『幸せ』だと思っているのである。