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第72号:「緬羊の食性」

吉村 格(准教授/副牧場長)

2011/2/7 更新
「まゆみ」の木

「まゆみ」の木

 草食動物とは、植物の繊維成分であるセルロース、ヘミセルロース、リグニンにより構成される構造性の炭水化物を栄養摂取の主体としている哺乳類を指す。元々植物は、哺乳類にとって理想的な食べ物ではない。何故なら植物は自然淘汰圧の中で身につけた有毒物質をもつものが多いし、固い繊維質で身を守っているので良く噛まなければならないし、それに細胞壁は哺乳類の酵素では分解できないからだ。しかし、哺乳類の中で草食動物だけはこれらの難問を一つ一つ解決する仕組みをもつように進化してきたのである。しかも草の一片すら残らなくなるまで胃袋の中に納めてしまおうとする貪欲さをもっている。
 牛が草を食べる方法は、よく発達した舌で長い草をすくって巻き込み、口の中にドンドンと量を取り込む。しかし舌を絡める必要があるため草が短くなるとそれ以上は食べることは出来ない。一方、緬羊は口吻で草を囓るだけでなく、よく発達した唇を器用に使うことが出来る。唇をせわしなく動かしながら短い草を頬張り、地下の根や塊根までも餌となるものは片っ端から食べてしまう。地中で待機していた草の成長の源まで喰われた草地はもはや自力で復元することは不可能である。この草地が自分の来年の食糧基地として残ろうが残るまいがお構いなく全てを食い尽くしてしまうのが緬羊の食性なのである。
 富士アニマルファームは、家畜の飼養頭数に比べ土地が狭隘なために土-草-草食動物-糞尿-土の循環が自己完結化しないジレンマがある。さらに現在、一部の草地が更新中であるため緬羊を長い期間同じ場所に放牧せざるを得ない状況が続いていた。実はこのような言い訳も動物相手の仕事では全く無能である。放牧地の牧養力を無視した過放牧は、瞬く間にそこに生育していた草の量を減少させ、優先する植物の種類を変化させ、ついには裸地としてしまう。100%を人間の責任において管理しなければ、草地の保全と草食動物の飼養は両立しないということを今回も改めて認識させられた。
 草食動物は、人間が利用できない草資源を食べて人間に食糧を与えてくれる。しかし、故に、彼等は植物の敵、植生の破壊者と言っても過言ではない。今後、富士アニマルファームの草地を復元させるためには家畜の積極的な淘汰を進めなければならないだろう。それにしても、この日陰樹として植えた「まゆみ」という木は強い。柵の中にあった他の全ての草や木が緬羊の餌となって消えてしまったが、未だ放牧地のド真ん中で平然と立ち続けている。しかも秋になると枝中に真っ赤な実をたわわに付けて多くの野鳥を群がらせ安息の場を与える。人も社会的な淘汰圧の中で皆頑張っているが、非力の私はまだこの木のような逞しさと優しさの衣を身につけるまでには至っていない。