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第90号:口蹄疫の防疫演習

吉村 格(准教授/副牧場長)

2012/02/27 更新
口蹄疫の防疫演習

口蹄疫の防疫演習

 忘れもしない昨年4月20日、家畜生産の一大拠点である宮崎県に口蹄疫が発生した。その情報は明日は我が身と心配する全国津々浦々の同業者を震撼させパニックに陥らせるには十分だった。地元の懸命な努力によって7月4日に確認された292例目の罹患牛を最後に感染拡大はくい止めることはできたが、最終的な殺処分頭数は約30万頭にも達した。今なお殺処分した家畜の補償や防疫作業に要した巨額の経費など財政負担は重くのしかかったままである。また、その間に実施された家畜の殺処分・埋却作業・消毒作業などの光景は生々しい地獄の様相として我々の脳裏に焼き付いているはずであった。
 この大惨事を踏まえて、農林水産省は伝染病による被害を最小限に止めるためには「発生の予防」「早期の発見・通報」「迅速・的確な初動」が重要とし、昨年10月1日付で家畜の「飼養衛生管理基準」を大きく見直した。そして今年に入って各都道府県に口蹄疫を疑う事例の通報に対する初動対応や発生時における防疫体制の検証をするために演習を実施する旨の通知を出した。山梨県では去る2月3日に富士アニマルファームを口蹄疫の発生農場に見立て、防護服、眼鏡、手袋等の重装備で身を固めた家畜保健衛生所の獣医師が異常牛(想定)の観察、病変の好発部位の写真撮影、疫学調査を行つた。また発生した場合の取るべき対応について現場で働く我々の指導も行った。
 しかしながら、ああーそれなのに、なんと日本人の性質は熱しやすく冷めやすいものであろうか、なんと通常の生活を変えたくないという保守的な民族なのだろうか。この法律の施行に合わせて行政は畜産農家に対して度々説明会を行ったが、農家によっては温度差が大きく、煩わしい作業はこれ以上増やしたくない、作業のやり方を縛られたくないという過去の悪夢を忘れた意見が飛び交う。指導に従わなければ罰則はあるのか否かと、この法律が誰のためのものなのかを無視した本末転倒の議論が展開される。つい我々も、大学という開放的で人間の出入りが多い組織で今後も今までのような活動を展開していくことは可能であろうかと甘えた議論を吹っ掛けてしまう。
 法律が凄いところは、網をかけ実施しなければならない方向へと徐々に収斂させていくことにある。最初は「出来ることからで結構です」で始まるが、いつしか誰もが納得する立派な法律となって社会を機能させていく。かって男女雇用均等法が施行されたとき私は屠場にいた。新人の女性獣医師が典型的な男社会にやってきた。歩くたびになびいていた美しい髪は後ろで束ねるようになり、いつしか自慢の黒髪はバッサリと短く切られた。それでもやる気があっても非力はどうすることも出来なかった。それから四半世紀、今回の演習では女性獣医師が当然のように牛の鼻を保定し、舌を鷲掴みし、重い蹄を持ち上げている。その逞しくなった姿を見せつけられると確かに雇用均等法は現在有効な法律として機能していることが分かる。全ての法律は弱い者の味方である。遵守しなければならない。