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牧場だより「継・いのち」

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学

第91号:人と人との出会い

吉村 格(准教授/副牧場長)

2012/03/26 更新
最終講義「牛を求めて牛に呼ばれて」

最終講義「牛を求めて牛に呼ばれて」

 過日、NHKで大型ドキュメンタリードラマ「開拓者たち」が放映された。満州開拓の千振開拓団をテーマにした「新天地へ」「逃避行」「帰国」「夢」のタイトルで括られた連続4回の番組であった。「附属牧場便り」第39号で書いた私の青年時代の恩師である故吉崎千秋先生が開拓団の団長として登場され、よく我々に話して下さった食料生産のための開拓の必要性とその苦難の歴史をテレビの画面上ながら涙して確認することができた。栃木県の那須を開拓された後は南米パラグアイのイグアスに開拓の場を移して心血を注がれた。その地で、大学を終えたばかりの私は最後の教え子として先生の前に立った。
 唯一無二、かけがえのない存在として自分というものを尊重し大切にするのであれば、たとえ親であっても価値の委譲などできるものではない。それ故に、それを乗り越える可能性のある人と人との出会いは実に面白いと思う。出会いによって人は自分の人生が有意義なものと感じたり無意味なものに思われたり、豊かになったり貧しくなったり、価値あるものと喜んだり価値なきものと悲しんだりする。さらに「よき出会い」は、そこに止まって終わるのではなく、人と人とを反応させながら社会に「よきもの」を蓄積していく。先生はご自分の価値観を押し付けることなどされなかった。艱難辛苦を経た包容力で若かりし頃の私の価値観を了承し、私らしく「前方、一歩一歩を踏みしめて」生きていきなさいと励ましてくれた。
 その後の私は、それなりの起伏を伴った苦労と努力をして農業を営み、4人の子供を人並み程度に育て、少なくとも自分の人生を肯定的に捉えながら人生行路を歩んできた。ところが、本学の附属牧場に職を得て、学生達のために価値あるものを創造しようと頑張っていたが、私の不徳は頑張れば頑張るほど人間関係を窮屈にし排他的にしてしまう。そういう時に現れたもう一人の恩人が、元牧場長の木村信熙先生である。当初は、私がこれまで築いてきたものを破壊する者として、これからの道程を邪魔する者として私の前に現れたと思った。ところが、「君のやってきたことは価値がある。批判する方の物差しが歪んでいる」と私を慰め、「その価値観で、畜産の生産現場で働く東京経由の若者を一緒に育てないか」と夢を与えてくれた。私はすぐに協力者になった。
 先日、定年退職を迎えられる木村先生の最終講義と退職祝賀会が行われた。先生の御人柄をそのままに全国各地から、また韓国からも多士済々の人々が集まり心ある素晴らしい送別会となった。私も最後のご挨拶をしたかったが、私以上に恩と義を受けて感謝の気持ちを言葉にしたい人達が列をなしマイクを持つことを許してくれなかった。縁というものは不思議な力があると思う。知恵ある先人との出会いが自分の人生を前向きに修正し生きることの喜びと自信をもたせてくれる。同様にこれからの私も、後輩達との出会いを大切にし、できることならば彼らの価値観をそのままに認め、「君の人生だ。精一杯頑張れ」と背中を押す存在でありたいと思っている。