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牧場だより「継・いのち」

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学

第95号:「搾乳体験の意義」

吉村 格(教授/副牧場長)

2012/07/18 更新
搾乳作業
 我々ヒトを含む動物群である哺乳類はいくつかの特徴で括られる。一つは身体の表面が毛で被われていること。これによって体温の低下を防ぎ気温の変化に耐えて寒冷地でも生活が出来るようになった。二つには歯の形が他の動物群より多様でしかも複雑であること。これによって様々な種類の食物を効率的に食べることが出来るようになった。また忘れがちだが哺乳類は駈け足で走るのも特徴の一つである。これによって広範囲の生活圏を移動し敵に襲われそうになっても逃げることが出来るようになった。環境に応じて形を変え得る柔軟性は哺乳類を地球上のあらゆる地域に適応拡散させていった。
 また、それらにも増して哺乳類の大きな特徴となっているのが、母の体内で子供をある大きさまで成長させて分娩し、出産後は完全栄養食品であるミルクを哺乳して育児することである。これにより卵を産む動物群とは違ってより確実に子供を成長させ自分の遺伝子を後世に残すことが出来るようになった。また哺乳の際の母と子の接触は親子の絆を深め親密な関係を結ぶことにつながった。我々人間が安心を求めて肌を寄せ合おうとする行為も、自己犠牲という利他的行動の神秘も、また動物を可愛がって意思の疎通を図ろうとする企てもこの資質を基盤とするところが大である。
 富士アニマルファームでは、「自然淘汰による種の起源、生存競争による種の保存」によって生き延び、そしてその形質が更に強化されて家畜となった動物達を繋留している。学生達は座学だけでは汲み尽くせぬ哺乳類の魅力を動物に直接手を触れて補完し、加えて実習では搾乳作業も行う。哺乳類に向かって勉強している学生にとって「母親から搾った乳を子に与える」という最もシンプルな体験ほど哺乳類をよく知るための教育は他にはないだろう。搾乳を体験した学生には、その前後の繁殖管理と栄養管理まで難なく教えることが可能だ。また、それは同じ動物群である自分自身を知るための究極の勉強でもある。
 このような理由から、富士アニマルファームでは活動を開始して以来、学生達に搾乳体験をさせようと乳牛を中心に家畜を飼養してきた。この間いろんな問題があった。特に搾乳するための人事管理は今でも解決できない課題の一つである。カワイイ学生のためとは言え、一年を通して朝早くから夕遅くまで過重な労働を担う職員らにとって搾乳作業を続けることは容易なことではない。しかしながら彼らは、学生達が搾乳を当然のようにできている現在の体制が「失ってから初めて分かる価値」となってはならないことも承知している。善良なる管理者であるが故に職員らは利益の相反する苦しい狭間で働いている。