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第96号:「青春真っ直中の君へ」

吉村 格(教授/副牧場長)

2012/09/25 更新
2Z農場実習:置名志音君

2Z農場実習:置名志音君

 「若い」君らは信じたくないかもしれない。理解したくないかもしれない。自分とオジサン達とを一緒にしてくれるなと言うかもしれない。確かに君らの言う通り、あの時代が我々を生んで今の時代が君らを育てた。当然のように感じ方も違えば考え方も違うだろう。しかし納得し難いかもしれないが、我々の老いた肉体を見て君らが思う程には感じ方や考え方の差は決して大きなものではない。潔癖を旨とする君らは許してくれないかもしれないが、我々は善も悪も経験し年齢と共に積み重ねて判断の出来る大人になったのだ。そして、良いか悪いかは別として、このような社会をつくってきた。
 あの時代は右肩上がり時代で、明日の幸せを考えると今日という日はいつも不幸であった。そのために我々は努力し、努力は報われた。今の時代のような右肩下がりの時代では、今が幸せだと思わなければ幸せは巡ってこない刹那的な様相を呈する。しかし時代は変わっても、自分の進むべき道をこれでよかったのだろうかと自覚し、自問し、自分と向き合う心はいつも若者の特権である。「生きるために生きる」という無目的な人生に飽き足らず、その一瞬を、その一歩を、その一日を自分のものであることを意識して悩むことが出来るのは青春時代である。その場所に二度と戻れない我々は君らに期待している。
 かっては、我々も君らと同じの若者の臭いを纏って闊歩した。勢いのある張りのある声で夜を徹して熱く議論した。意識よりも手足が先に反応することが自慢だった。しかし今では、加齢臭なるものを漂わせ、滑舌の衰えた声で歯切れの悪い常識的な意見しか言えなくなった。パソコンの前に座り過ぎると目はぼやけ、真っ直ぐに腰を伸ばすことさえできない。勿論、髪毛だって白髪もなくフサフサしていたが、今ではこの有様だ。君らが「自分とオジサンとを一緒にしてくれるな」と言うのであれば、そうなる前に覚悟を決め経験を積んで、かっての我々も目指した「自分の望む社会」に向けて頑張って欲しい。
 さて、人生の大部分を畜産の現場で働いてきた我々は肉体が機能することは喜びである。オジサンと呼ばれて久しいが、必要とされ働き続けることが肉体の老いに歯止めをかけてくれている。しかし、この写真の学生のような溢れんばかりのパワーは既に消え失せてしまった。周囲に影響を与えずにはおかない彼のパワーは次世代の活躍を約束する可能性の輝きと言っていいだろう。ぬるま湯の社会にも、すれず、へつらわず、愚直に若さを表現できる素晴らしさは将に天衣無縫。かっての我々にも与えられていたその不可侵性はきっと新しい社会を創造してくれるだろう。ガンバレ若僧、これからの時代は君達のものだ。