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第100号:繋留馬「アイダホ号」死亡のお知らせ

吉村 格(教授/副牧場長)

2013/12/16 更新
繋留馬「アイダホ号」死亡のお知らせ
 せめて記念の「付属牧場便り」第100号だけは明るい記事にしたいと、愚痴っぽい話しや怨念の言葉が並ぶ自分の文章を眺めては楽しい出来事が起きるのを待っていました。しかし、なかなか思うように起こってくれません。きっと富士アニマルファームに限らず、家畜を飼養管理するというお仕事は、我が子を育てるのと同様に、苦しいこと・辛いこと・悔しいこと、心配なことばかりで、明るく楽しいことといったら片手の指で数える程の少ないものだからかもしれません。それでも、じーっと待っていたのですが。
 こうして待っている間に、先週、日本馬術連盟の功労馬、何年も一緒に仕事をしてきた馬、富士アニマルファームに入厩してからも何千人もの学生・何百人もの子供達・何十人もの障がい者の人達を安定した逞しい背中に乗せて喜ばしてくれた馬、何より私に「お前は悪くない」といつも優しい眼差しを向けてくれた馬、そんな「アイダホ号」が死んでしまいました。はからずもアイダホ号の死を悼む多くの方からお悔やみの言葉と私への励ましを戴きました。多くの人の心に刻まれた動物の管理者として最後のお勤めがあることを思い知らされ「付属牧場便り」第100号でお知らせをすることに致しました。
 今月8日(日)、アイダホはいつものように午前中に放牧された後、午後に厩舎に戻ってきましたが餌を食べようともせずそのままへたり込んでしまいました。場員が立たせようと努力しましたが、少し頭をもち上げるだけ、前足は空を切るばかりで身体に力を入れようとしません。ほとんど痛さはなかったようです。少し藻掻くことはありましたが大きく暴れることもありませんでした。もう既に30歳、自分を十分に使い切ったと言わんばかりの穏やかな顔つきで大きな息を繰り返していました。私の判断で敢えて加療はしませんでした。肉体から心が離れていく、いや既に離れてその上方から自分の肉体を眺めている、そんな平和な瞬間を見ながら最後のお別れをしました。
 2ヶ月前の5年次獣医学科の臨床実習時に倒れた時には、内科学教室の松本講師の指導で院生や学生など獣医師の卵達が懸命に治療をして助けてくれました。その後にもう1度立てなくなった時は、私がもつ引き手にぶら下がるようにして這って放牧地まで辿り着きました。まだ生きることへの執着が感じられました。今回は3回目、覚悟はできていました。死んだ今でも私の心の中ではアイダホが生きていた時と同様の価値で迫ってきます。生存と存在と妙というのでしょうか。いずれにしても私にとってアイダホは素晴らしい馬でした。生前アイダホは多くの人達から愛情を頂きました。管理者としてこれほど嬉しいことはありません。衷心よりお礼と感謝を申し上げます。本当に有り難うございました。 最後に、今回のアイダホとの別れは、明るく楽しい出来事として指を折って数えることはできません。しかし私は、家畜を飼養管理する者として偶然に出会って長年お世話をすることになった彼らの、人間のために使命を全うした物語の幕引き役を務められたことを、家畜を扱う者の特権であり喜びであると感じています。このことを記して記念の「付属牧場便り」第100号にしたいと思います。