English
アクセス
お問い合わせ
資料請求
デジタルパンフレット
MENU
English
アクセス
お問い合わせ
大学案内
学部
大学院
入試情報
大学機関 施設
研究・産官学連携
学生生活
社会貢献・連携
サイトマップ
資料請求
デジタルパンフレット >
YouTube
公式アカウント
LINE
公式アカウント
受験生の皆さま
学生の皆さま
卒業生の皆さま
一般の皆さま
企業・研究機関の皆さま
資料請求
アクセス
お問い合わせ
大学案内
学部
大学院
入試情報
大学機関 施設
研究・産官学連携
学生生活
社会貢献・連携
富士アニマルファームMENU
富士アニマルファームトップ
牧場の紹介
牧場だより
「継・いのち」
牧場研究報告
交通アクセス
牧場だより「継・いのち」
大学案内
About us
more
学長挨拶
中長期計画「ニチジュウミライ図」
学長室だより
歴史
歴代学長
学是・到達目標・教育理念
教育上の目的・3つのポリシー
組織
規則
学歌
入学者数/収容定員数
専任教員数/教育組織
入学金/授業料
国際交流
情報公開
大学機関別認証評価
大学報「Hello, We are NVLU」
大学発ブログ
学部・大学院
Faculty Guide
more
獣医学部
獣医学科
獣医保健看護学科
応用生命科学部
動物科学科
食品科学科
大学院獣医生命科学研究科
獣医学専攻博士課程
獣医保健看護学専攻博士前期課程
獣医保健看護学専攻博士後期課程
応用生命科学専攻博士前期課程
応用生命科学専攻博士後期課程
大学機関 施設
University facilities
more
動物医療センター
富士アニマルファーム
ワイルドライフ・ミュージアム
図書館
生命科学総合研究センター
生命科学共同研究施設
キャンパスマップ
ダイバーシティ推進室
研究・産官学連携
Research and collaboration
more
日本獣医生命科学大学研究者情報
特色ある研究プロジェクト
ニチジュウシンポジウム
受託・共同研究
大学間連携
公的研究費の管理・運営 / 研究倫理教育
【学内向け】研究助成公募等
科学研究費助成事業
産官学連携
研究支援体制
動物実験等に関する情報
学生生活
Student life
more
キャンパスカレンダー
窓口業務案内
奨学金
特待生制度
単位互換制度
学生相談室・保健センター
ハラスメント防止に関する ガイドライン
キャリア支援
配慮の必要な学生に対する 取り組み・支援
学友会(部活動・サークル等)
大学祭
学生レポート
社会貢献・連携
Social Contribution and Cooperation
more
公開講座
日獣サイエンスセミナー
寄付講座
五大学共同講演会
五大学共同教養講座
特別講座(フランス語講座)
武蔵野地域自由大学
動物医療センターの社会貢献
補助犬等の診療
社会貢献活動
大学案内
About us
学部・大学院
Faculty Guide
入試情報
Exam Guide
大学機関 施設
University facilities
研究・産官学連携
Research and collaboration
学生生活
Student life
社会貢献・連携
Social Contribution and Cooperation
ホーム
>
大学機関・施設
>
富士アニマルファーム
>
牧場だより「継・いのち」 一覧
>
牧場だより「継・いのち」 第104号 | 「幸福の追求」
第104号:幸福の追求
吉村 格(教授/牧場長)
2014/04/18 更新
図らずも今回の人事でこの私が「牧場長」を拝命することになった。任期は平成26年4月1日からの2年間だという。「私ごときが牧場長になっていいのか」と尋ねると「お前ごときが牧場長にいい」と言われたので快くお引き受けすることにした。一般的に言って、組織の中で昇進することを望むと、否応なく組織が決めた仕事の先頭に立って頑張らなければならなかったり、上司や周囲の評判が気になったりと、残念ながら自分のやりたいこと、自分の好きなことは出来なくなってしまうのが常のようだ。しかも身を挺して頑張ったのに昇進の対象にもならなかったというのはよくある話で、「幸福」を望んだのに「幸福」になれず返って「不幸」になった、という話に似ていないこともない。
今回の私の場合は、私にはこれしかできない牧場管理の仕事を好きなようにやらせてもらっているだけなので、有難いことに鞭と飴の洗礼を受けることもなく不自由さを全く感じることなく昇進することが出来た。きっと大学組織の目的と私のやっていることが合致した結果の拝命であろうと図々しく考えている。だから私の場合は「幸福」を望んだわけでもないのに突然「幸福」とやらが転がり込んで来た、という棚ぼた的な人事だ。そんな私が言うのも変だが、この「幸福」というものは、追いかければ追いかけるほど逃げて行くもののようだ。幸せでありたいと願う気持ちを否定するわけではないが、ただ「幸福」になることを目標に立てて、それに向かって意識的に努力するのは徒労のような気がする。
私の仕事の対象は家畜である。私が管理している家畜の最大の幸福は私に飼われていることであり、最大の不幸は私に飼われているが故に生きるための目標が与えられていることである。即ち、私の役に立って死ぬことである。このように、幸福と不幸というのは対峙した構造だけではなく複雑に絡み合って依存している。不幸故の幸福、あるいは幸福故の不幸、というようなこともありうるのだ。それ故に幸福という目標を立ててそれに向かって努力しようという姿勢は、夢・幻に過ぎない幸福という青い鳥を求めての不毛な努力であると言ってよい。同様に家畜の幸福を追求することは無意味であると思うのだが、家畜が不幸でない飼い方を誠心誠意心掛けることは人間としての責務であると思う。
さて、人によっても違うのだろうが、「幸福」が何も求めるものが無く満ち足りた状態を指すというのであれば、幸福になっている人は完全に満足している人であるから、何もすることなく、何をつくり出すことなく、何の役にも立たない人であるのかもしれない。この状態を維持しようとすれば、不幸になることを恐れ、やりたいことをやる自由さえ奪われ人は束縛されてしまう。富士アニマルファームにはそんな牧場長は必要でない。たとえ私が幸福でなかったとしても、私の存在自体や私の世の不足を補おうとする行為が人々にとって役に立たないとは限らない。自分の人生を自分なりに考えて行動し、その結果として人様の役に立っているとすれば全くもって本望である。