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牧場だより「継・いのち」

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学

第124号:人工授精講習の総仕上げ

牛島 仁(教授/動物科学科動物生殖学教室)

2014/10/14 更新
 良質な動物性蛋白質の供給には、適正な飼養管理技術と育種繁殖技術の活用が重要です。育種繁殖分野では、優れた雄と雌を交配させて極めて優秀な雄を作るとともに、その子孫の能力が解るまで生殖細胞(精子)を保存する「後代検定システム」を作り上げました。これによって、農家に役立つ遺伝子を提供することができるようになり、乳牛と肉牛では品質・量ともに大幅に改善されました。今ではピザの宅配の様に、農家は電話1本で優秀なオスの精子を世界中から取り寄せることができるようになりました。また、食品の質の向上とさらなる安定供給、そして効率的な生産に向けて、人工授精・受精卵移植・体外受精技術が実用化されています。
 これらの技術を提供できる人工授精師の資格は国家資格であるため、大学で行う講習会とは別枠で集中講義が開催されます。受講生は卒業論文作成と就職活動時期にも重なる夏休みの後半をこのカリキュラムに拘束されます。講習会では千葉県農業共済組合連合会、埼玉県農林総合研究センター、東京都農林水産振興財団、家畜改良事業団家畜バイテクセンターから講師を招へいし、現場に即した講義を受けます。そして、講習会の開催要件となっている付属牧場実習では、技術習得の総仕上げを行っています。
 牧場での実習開催初日には、搾乳牛の体格審査を行うとともに、発情を同期化した実習牛を用いて発情鑑定が行われ、「種付け適期」を判定します。5感をフル稼働した観察力が試されます。翌日は、実践形式で静岡県畜産技術センター研究員が子宮洗浄した還流液から受精卵を探し、品質を評価し、時として凍結保存した受精卵を受卵牛に移植します。そして、講習会終了までの時間が許す限り、実習牛に感謝しながら子宮頸管から子宮角への注入操作の練習に励みます。受講生はドナー卵巣に複数の黄体を蝕診した時の驚きの表情、1個数万円の受精卵を顕微鏡下で扱う時の緊張した面持ち、作業終了時の安堵の表情、この実習ならではの生き生きとした表情を見せます。子宮頸管外口部に挿入できた時の笑み、子宮頸管通過を試みる学生が瞑っていた眼を突然見開く様、注入器を挿入する時子宮を傷つけはしないかとの不安げな表情から「ミッション成功のドヤ顔」へと変貌する様で、この学生の技術達成度を伺い知ることができます。
 動物産業は細分化し、もはや農業を知らなくても農産物を生業とした仕事に携わることができるようになり、残念ながら利益優先の会社の方針で国内自給製品を蔑にする企業も増えつつあります。今回の実習を通して外部講師や牧場教職員に接し、動物生産・飼育から採取的な流通までを一貫して体得した受講生は、将来動物生産を担う人材としての成長が感じられました。
 例年、牧場教職員の恩恵にあずかり、本講習会は受精卵採取用の供卵牛、受精卵を移植する牛、そして実習牛の繁殖周期を調整して提供していただいています。牧場教職員の援助がなければこのような充実した実習を展開することは適いません。各種学科の集中実習が続く慌しい夏休みシーズン中にも関わらず作業に当たっていただいた牧場教職員に対し、心からの敬意とお礼を述べます。