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第189号:さあ、新しい一歩を踏み出そう

吉村 格 (教授/牧場長)

2018/04/17 更新
吉村牧場長

 今年も去年と同様に本学での卒業式が終わるとウォーキング姿に変身して5街道の起点である日本橋に立った。去年は38度の熱をかかえたままであったが、牧場の生活では自由になる時間はこの時期にしかとれないので折角のチャンス、東海道に向かって歩き始めた。品川~川崎~平塚~小田原~箱根を超えて富士宮の自宅まで160kmを踏破した。今年は雨が降り雷も鳴っている生憎の天気。行けるところまで行こうと日本橋から甲州街道に向かって歩き始めた。雨でふやけた足は1日目にしてマメは潰れツメは剥がれたが、四ッ谷~調布~上野原~大月~河口湖を経由して自宅までの180kmを踏破した。
 日々の牧場作業で働き続けることに慣れている私の身体は1日50kmの距離であっても難なく歩き通すことが出来る。この程度の距離ならば判で押したように1kmを10分で刻み、ほぼ時速6kmで歩く。これが私の普通の歩き方だ。毎年参加している富士山マラソンでもこの4~5年は3時間50分前後のタイムで走っている。42.195kmという長い距離を走ってもかかった時間がほとんど変わらないというのは面白い。謂わば歩き方と同様に私の能力を十分に出し切ることができるようになった私の走り方なのだ。全力でやることの楽しさを知った結果なのだ。
 ところが、若い頃の私はこうではなかった。スタートラインに着くことを嫌がり、一歩を踏み出すことを怖がっていた。私に何が出来るのか、私が何処まで耐えられるのかを知らなかった。いつも自分のことが分からないままに、苦しみ藻掻くことや失敗することばかりを想像して怯えた。未来に拡がる無限の可能性という言葉は具体的な行動に移ることを拒絶した。今思えば当時の情熱を傾けていたことなど全ては自分に出来ることばかりだったような気がする。重要なことは未知という不安に打ち勝って「スタートラインに立つこと」「やれるところまで精一杯やること」だというということが分かっていなかった。
 若い頃に新しい一歩踏み出して行動していたならば、どんなに楽しい世界が私を待っていたのかと思うと悔やまれてならない。確かにその臆病さは私を守ってくれたかもしれないが、決して私を逞しくも優しくもしてくれなかった。ある人に新しい世界に踏み出すことを諭された。目的に向かって精一杯やることで自分自身を知ることが出来ること、全力を出し切ってしか見えない世界があることを言われた。本当に教えられた通りであった。だから私も口幅ったいながら申し上げたい。若い学生の皆さん、『 さあ、新しい一歩を踏み出しましょう 』。その経験こそが貴方を強くし優しくもしてくれます。そして貴方にとって素晴らしい世界が開けることをお約束いたします。