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「この一冊」 図書のご紹介

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学
豆腐百珍

豆腐百珍(料理百珍集)

校注・解説:原田信男(八坂書房 2009年)
2022/12/23更新 202207号
分類番号は596.21
甘藷(サツマイモ)は江戸初期にフィリピンなどを経由して到来。飢饉対策として着目され、ついに百珍ものも出版。その間、200年たってない。すごい。
農産食品学教室 奈良井朝子准教授・松田寛子講師からコメントが届きました( 記事はこちら)

 「江戸時代」はまことに長い。
 家康が将軍になった慶長8(1603)年から大政奉還の慶應3(1867)年まで、264年間も続いた。明治から令和まで足しても、やっと160年になるところだ。こんなに長けりゃ当たり前だが、実はめちゃくちゃ発展や移り変わりがあった。たとえば当初、まだ国内に「レストラン」なるものはなかったが、江戸では17世紀中頃に浅草で、奈良ゆかりの炊き込みご飯+汁物+おかずのセットが大当たり、「奈良茶飯」という江戸名物になってから加速した。ファーストフード・チェーン店・テイクアウト・デリバリー等、すべて江戸時代に出揃っている。飢饉や災害も多かったが、それでも戦争が無い期間が続いたのは大きかった。
 奈良茶飯でも、おかずや汁物に活躍したのが豆腐である。元禄期に「絹ごし豆腐」をリリースした台東区根岸の「笹之雪」は今も続く老舗だ。京都でも「祇園豆腐」などがブレイクし「京都といえば湯豆腐」という文化につながっている。
 豆腐は店売りも振売(行商)もあり、季節を問わずリーズナブルだ。便利すぎる食材なのだが、しかしちょっとおどろきの史実がある。
 『料理物語』を皮切りに料理本もどんどん出ていたのだが、あの田沼意次の老中時代にエポックメイキングな「豆腐本」が一大ベストセラーになったのである。
 その名も『豆腐百珍』。

 これがまた凝った一冊で、豆腐レシピ「だけ」を、ご家庭でもおなじみの「尋常品」、メジャーどころの「通品」、おしゃれな「佳品」、冒険した「奇品」、推しレシピを「妙品」、最推しを「絶品」と6カテゴリーに分けて合計100レシピ一挙掲載した。時にイラスト入りで詳しく、コラムのような読み記事もあり、まさしく「読んで面白く/つくって楽しく/食べて美味しい」一冊だ。
 この大ヒットからそれいけとばかり「鯛」「玉子」「柚」「甘藷(サツマイモ)」「(アナゴなど)海鰻」「コンニャク」と、百珍ものが続々出た。それらをまとめ、読みづらい字にルビをふって、解説を添えたのが本書『料理百珍集』である。ありがとうありがとう。

 『豆腐百珍』は続編も含め、幕末まで重版出来を続けた。豆腐のうんちくも相当あるので、著者も読者層もインテリと言われるが、意外に一般庶民への広がりもあったように思う。とは言え、リリースは天明二年。「天明の大飢饉」が始まった年である。地方での惨状は凄まじく、グルメどころではなかった。本書の解説でも『百珍もの』は料理文化が都市で爛熟して生まれたものとして、地方との分断を指摘している。
 しかし、都市にもやはり経済的分断はあったし、インテリ層もリッチな者ばかりではない。飢饉は地方から都市圏への人の流入もある。都市とて無関係の筈はない。
 百珍レシピを読むと、手のこんだグルメ向けや宴会料理もある反面、「ふはふは豆腐」(すった豆腐と溶き卵を合わせ“ふわふわに”煮て胡椒をふる)などは「卵のふわふわレシピと風味は変わらないので、倹約したい時はおススメだ」と書いてあったりする。幕末の随筆には「歯が悪くてガチ豆腐生活だけど、医者の緒方洪庵が『豆腐百珍』を送ってくれて神」(意訳)という記述もあるという。「味噌漬とうふ」(水切りした豆腐を紙に包んで味噌に一晩漬ける)のように火をまったく使わないシンプルレシピもある。
 しずしずとでも、世に広まる要素は多分にあったのだ。

 ・それぞれレシピの命名にも萌える。

  「阿漕どうふ」豆腐を炙って煮しめ胡麻油で揚げ/味噌田楽にして/また炙る!
   ※豆腐をとことん“阿漕”な目にあわせるレシピ/すった柚をかけてどうぞ

  「青海どうふ」絹ごしを葛湯で煮て/煮醤油を少し椀に入れ/炙り青海苔の粉をぱらり
   ※わりとシンプルに「青海波」を食べられる楽しさ

  「初霜」雁や鴨の吸物に/セリや水菜をあしらい/炙ったおからを粉にしてふりかける
   ※霜が消えないうちにお出しするのがポイント

  「霙蕎麦」おぼろ豆腐をだし醤油で辛目に煮つけ/蕎麦にどーんとかけてだす
   ※刻みネギ・おろし大根・おろし山椒は忘れずに

 ・歴史好きな方も楽しめます。

  「実盛どうふ」豆腐の薄切りをだし汁と醤油で煮て/すりゴマで黒く覆ってだす
  ※白髪を黒く染めて出陣して散った老武者「斎藤実盛」にちなんだ

 ・旅行のヒントにもよろしいかと。

  「高津湯どうふ」絹ごしを煮て/熱葛のあんかけにし/芥子を添えてだす
  ※大坂の高津、京の南禅寺、浅草の華蔵院の宣伝あり

 伊藤若冲が描いた歌仙図では、なんと六歌仙が田楽をつくっている。豆腐が百珍もののトップバッターになったのもむべなるかな。豆腐の存在感天晴なり。この冬も豆腐で楽しく。