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第80号:「食肉科学」とは、そして、食肉科学の国際会議に参加して思ったこと

 一般の方には、食品科学という言葉も縁遠いかもしれませんが、さらに食肉科学というと「そんなものがあるのですか?」ともっと驚かれ、「お肉食べられていいですね」とうらやましがられることがよくあります。

 そこでまず、食肉科学について説明したいと思います。
 食肉科学は牛、豚、鶏などの食肉を生産するための動物の繁殖、飼養(エサを与えて育てること)、そして、動物のと畜(あるいはと鳥)とその後の解体、熟成、保存、加工、消費までの範囲を対象とする科学です。日本の研究者は食肉のおいしさ(味、香り、食感)、生理機能、安全性を対象として研究することが多い分野です。

 この分野には、国内では日本食肉科学会という学会があり、2024年には6月に青森県十和田市で大会が開かれ、私たちも参加しました。

 また、国際的には、国際食肉科学技術会議(International Conference of Meat Science and Technology; 略称ICoMST)というのがあり、今年で70年目を迎える会議です。2024年の大会は8月にブラジルのフォズド・イグアスという、世界3大瀑布の1つであるイグアスの滝のそばのリゾートホテルを会場として開催されました。

 そこには、世界中から約270名の研究者、企業関係者が参加しました。私たちもポスターでの研究発表を行いました。食肉科学の多くの研究発表と活発な討議が行われました。

 当然、科学研究の発表には大変おもしろいものが多くあり、研究者として大いに刺激を受けてきました。しかし、研究とは別に興味深かったのが、食肉生産・消費と社会との関係についてのパネルディスカッションでした。

 最近、食肉生産・消費については、とかくマイナスのイメージの情報が社会一般にあふれています。牛や豚を育てるには大量の水やエネルギーが必要で、地球環境に優しくない。牛のゲップにはメタンガスが含まれていて、地球温暖化の原因の一つになっている。赤身の肉を食べるとガンになるリスクがある。動物を殺してその肉を食べるのは動物が可哀そうだから肉食はやめるべきだ、等々。これらに対して、確かにそうした問題点はあるが、食肉は良質なタンパク質源であり、ガンのリスクとのバランスで食べる量を考えるべきだ。牛を飼うことで大気中の二酸化炭素を大地に戻す働きもある。生産動物が生きているときに快適な生活ができるようにして、動物福祉に十分配慮する、命をいただくという考えで動物の命を粗末にしない。様々なマイナス情報は一部の問題を切り取って誇張しており、それを伝えるマスコミやSNSは科学に基づかずに煽っているところがある、というような反論が出ていました。こうした状況に対しては、食肉生産・消費の是非について、科学をベースにした冷静な議論が必要で、そのためには、食肉科学者が科学的知見を積極的に情報発信するべきだ、との締めくくりになっていました。

 どうしても食肉を対象にした研究者(私も含めて)の集まりであり、欧米の食肉生産国、食肉・食肉加工品生産企業の意見に偏っている感じは否めません。しかし、確かに科学ベースの冷静な議論が必要だと思いました。植物タンパク質を加工した代替肉(大豆ミート等)は市場に多く出ていますし、昆虫からのタンパク質利用の研究も行われていますが、好みの問題が残されています。さらに、細胞培養技術を使った培養肉の研究は活発に行われていますので、遠い将来には動物の命を奪う必要はなくなるかもしれません。しかし、それまでは、今世紀末に100億に届くと言われる世界の人口を支えるには、持続的な食肉の生産と、抑制的な消費が必要ではないかと思う次第です。

▲会議の中で紹介された「牛のいない世界」という動画の予告の写真
https://worldwithoutcows.com/