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牧場だより「継・いのち」

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学

第22号:「家畜の幸せ」のために①

吉村 格(准教授/牧場長補佐)

2008/3/7 更新
 家畜の生きる環境を直接的に支配しているのはそれぞれの農家である。彼らは「我が家の家畜が『幸福』な暮らし方ができるように」と心から願って止まない。なぜなら家畜に対する愛情以前の問題として、ストレスを受けている不幸な環境ではその能力は決して発揮されず、畜産という業を営むことができないことを痛いほど熟知しているからである。農家は飼養している家畜の『幸福』のために、出来る限りの安全な暮らし場所、栄養的に満足できる嗜好性の高い食べ物、さらには自分の身を朝から晩まで削っての労力を提供し続けている。
 このように家畜を常に制し『幸福』に導かなければならない農家の資質はきわめて重要である。それは例えば富士アニマルファームで働く寺岡職員のような穏やかで勤勉で実直な人である。好きとか嫌いとかの相対的な言葉の間で揺れ動く幼い感覚ではなくて、動物にとって一緒にいて全く苦にならない絶対的な安心感が保てる上質の大人の共存者である。家畜は農家が整えたこれらの飼養環境に応じて人間とのギブアンドテイクの関係を起動させ、良質であれば生まれ得たことの目的に沿って能力を最大限に発揮することになる。
 生産成績が良いことは家畜にストレスを与えているのだという動物愛護精神を歪曲させる意見がある。
 それらの意見は昔の家畜はストレスがなくて良かったなどと思い出に話に花を咲かせることはできても、畜舎の中に入ろうとせず、入ったからといって家畜の顔色を伺うこともできず、今までに難関苦難を乗り越えて今日まで生き残ってくれた農家の存立条件がどこにあるのかなどは気にも懸けない。
 家畜のもつ個体の能力を開花させることこそが、家畜がストレスを受けていないことの証左になることを畜産の現場で働く人間は知っている。家畜が『幸福』に暮らすためのより良い環境を整えようと、蹴飛ばされながら叩かれながら足を踏まれながら、我々はずっーと彼らの側にいて飽きずに学んできたのである。