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牧場だより「継・いのち」 第103号 |「一冊の本を携えて」
第103号:一冊の本を携えて
長田 雅宏(講師/富士アニマルファーム)
2014/04/07 更新
真新しいスーツを身に纏い電車を待つ新社会人、キャンパスですれ違う、どこかあどけない学生をみると新たな年度の始まりを感じます。私も新米教員として襟を正し、一冊の本を携えて授業に臨みます。 私の恩師である増田萬孝先生が亡くなり、早いもので15年が経ちます。高校時代に私と妻は恩師の寺子屋に通っていました。増田萬孝先生との出会いがあって私は農学部畜産学科へ進み、そこで恩師の共同研究者である松田藤四郎先生との出会いがありました。私の原点は全てここにあります。
1983年に「農業経営診断の論理」が出版され、その出版祝賀会に今は亡き母と出席した時は、農学を全く理解していない大学一年生でした。恩師の祝辞は難しく、これこそ「馬の耳に念仏」であり、一冊の本を抱え、いつの日かこの本が私を農業に導いてくれることだけを信じて、ひたすらご馳走を食べていたことを今でもはっきりと覚えています。恩師の専攻は農業経済学、特に稲作の経済構造・農業政策でしたが、前述の書を出版された翌年に帯広畜産大学畜産学部へ移られたことも、運命を感じないわけにはいきません。正にその授業をすることになったのです。
農業政策の目的は、「全経済の内部で、農業がその課題を一層完全に満たすようにすることである。この際、農業の繁栄のみが問題なのではなく、農業が国民経済の他の構成員にどのように寄与し、国民経済全体が最も繁栄するようになされうるか(F. Aereboe)」と論じられ、健全な国内農業をつくり上げると同時に、国民全体の生活を支えるという使命を背負っています。日本農業の根幹は米と牛乳です。当たり前に食されている「コメ」、食の西欧化により急激に需要をのばしてきた「牛乳」の、こんにちに至るまでの過程は多くの困難と農民の訴えがありました。皮肉なことに、どちらも若者の消費量が減少している食料です。
大学時代に増田萬孝先生の教え子であった酪農家が西富士開拓地域にいます。彼は大学を卒業後、北海道帯広で酪農ヘルパーを一年間務めて経営を継ぎ、現在150頭の乳牛を管理する牧場の代表です。信念をもって府県型放牧酪農を行い、自給飼料生産によって力強い経営を築き上げました。今でも酒を酌み交わし、気難しかった恩師から学んだ経営哲学と実践を語り合います。座学と実践を兼ね備えた彼の素晴らしい経営は、私の教育理念である、「実学主義」そのものです。このご縁も恩師の軌跡としか言えません。
結婚式の祝辞で恩師からいただいた言葉、「桃李もの言わざれど、下おのずから蹊を成す」のように、徳のある人になれるのであろうか。私の講義を理解し、農業への思いが受け入れられ、農業に興味をもった多くの学生が私の元に集まるのか。不安と希望を抱きながら、いざ本学へ出陣します。授業を立派に務めあげることが、出来の悪かった私の恩返しと思っています。学生には、食料生産の意義と国際化を迎えた日本の農業のあり方を、真剣に議論して欲しいと思います。恩師が最後に執筆した教科書、「現代農業政策論-21世紀の食料・農業・農村を見据えて-」を携えて授業に挑みたいと思います。