魚病学教室での学びに加え、水族館での実習や部活動、アルバイトを通じて多くの人と出会い、今の自分があります。その縁で今後も新たな可能性が広がることを感じています。
2010年3月卒業
元々中学生の頃から学校教師になるのが夢でしたが、犬を飼い始めてから獣医師という仕事に興味が湧き小動物臨床の獣医師になることを目標に獣医学部を目指しました。本学の水族医学研究室(当時魚病学教室。幼少から好きだった「サメ」の研究に憧れて!)に在籍中、沖縄の水族館に実習に行く機会に恵まれてから、水族館というステージに惹かれ、それから全国3館の実習を経てこの仕事に就くことを決めました。
水族館の社会的存在意義が「レクリエーション、研究、種の保存」に加え『教育』的要素があることに魅力を感じたことが、元々学校教師になる夢とリンクしたことにそこまで違和感はないと僕は考えているのですがいかがでしょうか?
一言でいえば、獣医師としても一飼育技術者(飼育員)としても、「日々の飼育展示生物の健康管理」です。僕が水族館の世界に入った頃は、ひとつの施設に一人二人しかいない獣医師も、飼育業務を兼任することが当たり前でした。単純に2倍の仕事量になるので、一日として暇だと思う日は当時(今も!)無かったですが、大学の中では知り得ないイルカやアシカ、アザラシ、ペンギン、魚たち。更にはイグアナやカエルやヒトデまで、その生態や生理や病気のことを知るには、自ら飼育に携わるのが一番近道だということは理解に苦しくないかと思います。更に飼育の中に溶け込むことで、他の飼育技術者たちとも自然とコミュニケーションが生まれます。飼育と一体となって日々生き物たちの健康管理に取り組み、時に病気や怪我のケアに臨む。そして水族館としてより良い展示を一緒に創る時間は、水族館獣医師として絶対になくてはならない経験だと、僕は思います。
水族館獣医師としての僕の目的は「人と人、人と動物の架け橋」になることです。
生き物の健康管理、展示に加え、時に傷ついた野生動物の救護を通して、地元・宮城の豊かな自然環境を、自分自身が理解を深めつつ社会に発信し守っていくことが大きな使命です。
更に世の組織の常でしょうか、10年も働き続けると「管理職」という肩書が付いてくるのは獣医師・水族館の世界でも例外ではありません。数年前に、生き物だけでなく「ヒト」も見る(診る?)立場にもなりました。「管理」とは表現が悪く、「良い水族館=生き物がイキイキとしている=飼育員がキラキラとしている」、という単純な公式から、飼育員がやりがいを持って働ける環境を作るのが、その仕事の真髄です。それが生き物の幸せ、水族館を訪れる人たちの幸せにつながります。獣医師+管理職=「縁の下の力持ち」として水族館の健康を支えつつ、自身も未来を見据えて楽しんで仕事に臨むのが僕の目標です。
当時魚病学教室に所属したのは、学生時代は将来に直結する経験よりも「自分の興味のある研究に打ち込んでみよう」と思ったのが理由で、サメの麻酔実験に携わったり、キンギョの手術の補助をしたり、観賞魚や水産魚、時に動物園水族館動物の病気の原因究明(病理学)の仕事をしたり、近くの池に鯉の捕獲調査に乗り出したりと、一言では語りきれない経験を積ませていただきました。今書いていても普通ではないことが日常でしたね。学生生活集大成の卒業論文のテーマとして、全国の飼育下バンドウイルカ(目標100頭!)の血液サンプルを利用した研究にもチャレンジできたのも、この研究室ならではのトピックだと思います。結果としてそれらの経験が、今に生きていることは言うまでもありません。
それらの経験と、水族館実習や部活動、アルバイトを通して沢山の人との出会いに恵まれたことで今の自分があり、その縁で今後も新たな可能性が広がることを感じています。