現場では機序を理解したうえで、知識同士を繋げて使いこなす技量が必要だと痛感しました。もし道に迷ったときは、「今しかできないこと」を優先し、貴重な時間を有意義に過ごしてほしいです。
2018年3月卒業
まだ小学生の頃に国内で牛海綿状脳症(BSE)が発生、高校生の時には宮崎県で口蹄疫が大流行し、日本中で大混乱になったのを今でもはっきりと憶えています。当時、最前線で防疫措置を担っていた大先輩方と今では同じ職場で働いて、万が一、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)や豚熱が発生した際には、自分もその立場になっています。
国民の食の基本となる日本の農畜産物の生産過程を支えるという点で、まずは漠然と家畜分野の仕事がしたいと考えていました。その後、特に病気の発生予防や対策指導に努める家畜保健衛生所(家保)か、治療を主とするNOSAIなどの臨床医と悩みました。在学中には、実際に現地で多様な研修を経験させてもらうことで、自分の将来を具体的にイメージすることができました。
研究室時代から病理には携わっていて、卒業後の進路でも病理には関われる分野で仕事をしたかったので、最終的には病性鑑定がある家保を選びました。
現在は病性鑑定課で病理担当として、主に家畜(牛、豚、鶏など)の疾病診断をしています。病性鑑定課の仕事は農家さんや臨床の先生から「動物たちの調子が悪そう、病気かもしれない、治療しても治らない、不安だ」といった依頼を受けて、適切な検査材料をもらってきて、時には解剖もしたりして、原因を突き止めるというものです。例えるなら、事件現場で証拠を集め、謎を解き、真犯人を特定する、そんな探偵のような役割です。病理部門では、解剖した家畜の臓器や現場で採取した生検材料から組織切片を作製して、細胞単位での病変を見つけます。病理の他にも、細菌、ウイルス、生化学とそれぞれの分野専門のスペシャリストがいて、お互いの強みを生かして協力しながら診断しています。
他にも、珍しい症例に遭遇した場合には、積極的に全国規模の学会や研修会で口頭・ポスター発表したり、学術会誌に論文投稿したりしています。
1つの症例に対して、きちんと診断をつけられただけでも正直一安心します。なかには、現状検査できる範囲でどれだけ調べても、原因を特定できないこともあります。それはヒトや愛玩動物(犬、猫)に比べれば家畜分野の検査技術はまだまだ発展途上で、成書を調べつくしても、まだ解明されていない生体内の作用機序や未知の病原体の可能性もあり得るからです。
家保では過去を振り返って「こういう病気だった」と診断するだけではなくて、農場でまた同じ病気を発生させないように対策指導するまでが前提です。病気の流行が収まり生産性が向上して、農家さんや臨床の先生に「動物たちが健康になって安心した。依頼してよかった」と言ってもらえることが一番のやりがいです。一生懸命治療して、手を尽くしても救えなかった命も無駄にせず、きちんと病態解析することで未来に託す。そういう意味では、「未来の命を救える仕事」ともいえるかもしれません。
研究室で過ごした、書ききれないほどたくさんの楽しい思い出があります。全国の水族館から届く魚類や海洋哺乳類(いわゆる海獣類=鯨類や鰭脚類など)の検体の病理組織標本を作製して診断するのはきっと日獣でしかできない、本当に貴重な経験でした。同期と一緒に、海岸で集団座礁した鯨類の調査に同行させてもらったこともあります。病性鑑定への興味の原点は、こういった経験によるものだと思います。
勉強ももちろん大事ですが必死にただ暗記するだけではなく、機序を理解したうえで、その知識同士をどう繋げて(広げて)活用するかが大切だと社会に出て痛感しました。大学で科目ごとにたくさんの授業と試験があるのは、現場でそれらを使いこなすだけの技量が必要だからです。もし道に迷ったときは、たとえ遠回りでも「今しかできないこと」を。人生は一度きり、社会人までの貴重な時間を一日も無駄にせず、後悔のないよう有意義に過ごしてほしいです。