獣医放射線学教室で腫瘍・呼吸器班に所属し、附属の動物医療センターを訪れた犬や猫たちの検査や治療に携わったことで、小動物臨床へ転向した時も比較的柔軟に適応できたと感じています。
2013年3月卒業
私は今、小動物臨床獣医師として働いていますが、卒業後すぐは産業動物臨床獣医師として働いていました。高校生の時にTVで観た北海道の風景に憧れ、一度も行ったことがないのに住んでみたいと思っていました。大学に入り最初の夏休み、北海道の酪農家さんに泊まり込みで実習を経験させていただく機会が巡ってきました。憧れの地・北海道で牛に触れた感動が、産業動物臨床の道へと進むきっかけになりました。
3年間産業動物獣医師としての経験を積んでいく中、人々の「食」を守る重要な役割を担っていると実感した反面、諦めなければならない命があることを痛感しました。産業動物たちは、生産性が見込めないと、たとえ元気でも命の終わりが訪れます。その判断の一端を獣医師が行います。大切な仕事ではありますが、そういった業務を辛いと感じることもあり、また同時期にパートナーとの将来を考え始めたこともあり、小動物臨床の道へと転向し現在に至ります。
エキゾチックアニマルなど多岐にわたる小動物の中で、私は主に犬猫を専門に診療しています。獣医療も人医療と同様、近年は専門化が進んでいますが、私が働く診療所のような一次診療施設では幅広い分野の診療を担います。健康診断やワクチン接種などの予防業務を行い動物の健康をサポートしたり、時には「呼吸が苦しい」「痙攣が止まらない」「車に轢かれた」など深刻な状況で訪れる動物の対応を余儀なくされることもあります。
日々の診療では、「動物のご家族がどうして欲しいのか?」そして何より、「動物はどう思っているのか?」を考えた上で、言葉を話せない動物の代わりにご家族と時間をかけてよくお話をして検査・治療を行うことを心がけています。
また、当診療所の周辺地域では多くの地域猫が人と共存しています。国道で車に轢かれている猫や、感染症に罹患して亡くなる猫が後を絶ちません。不幸な猫をなくすための活動も積極的に行っています。
動物からすると、急に病院に連れてこられ、検査をされて、注射をされて、時には入院させられて・・・。いい迷惑かもしれません。それでも、嫌な検査や治療を受け入れてくれて、元気になった動物を見るととてもやりがいを感じます。ご家族にとって、我が子のような存在である動物が苦しんでいる様子は耐え難いもので、不安な気持ちいっぱいで来院されます。元気になった動物を見た時の安堵の表情や、「ありがとう」の言葉は、次の診療に向けての活力になります。
そして最近(2026年7月現在)、とてもやりがいを感じたことがありました。4歳の娘が七夕飾りの願いごとに、「かあちゃんみたいに、どうぶつをなおすひとになりたい」と書いていたことです。産後3ヶ月で職場復帰したこともあり、娘は動物病院の空気を常に身近に感じながら成長してきました。娘の願い事に恥じないよう、これからも動物とそのご家族に真摯に向き合う獣医師でありたいと思います。
お恥ずかしながら勉強はほどほどに。アルバイトにサークルと、遊びの方に重点が傾いていたかと思います。バスケットボール同好会と軟式テニス部に所属、研究室は獣医放射線学教室に所属し、獣医学科だけでなく他学科も含め、たくさんの先輩・同期・後輩とのつながりができました。このつながりが、公私共に今の私の支えになっています。
漠然と北海道に憧れていた私は、将来の就職を視野に入れ、産業動物を対象としたさまざまな学外実習(他大学や農業共済組合での臨床実習)に積極的に参加しました。たくさんの実習経験は、牛や馬など産業動物に触れる機会が少なかった私にとっては、就職してからの大きな糧となりました。
学内では3年生の時から研究室での仕事に励みました。獣医放射線学教室で腫瘍・呼吸器班に所属し、附属の動物医療センターを訪れた犬や猫たちの検査や治療に携わったことで、小動物臨床へ転向した時も比較的柔軟に適応できたと感じています。