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牧場だより「継・いのち」

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学

第105号:「話し合い」による合意の形成

吉村 格(教授/牧場長)

2014/04/21 更新
 富士アニマルファームでは毎朝9時に作業を一旦中止し、出勤者が全員集まって10分間程度の朝礼を行う。出勤者全員といっても3-4名であるが、主にその日の所在、しなければならない仕事、人や家畜の健康状態、施設や機械の使用状況、来場予定者などの説明を各自が行い、一人ではできない作業がある場合には応援を頼むことになる。朝礼は忙しい生産現場で働く我々の欠かせない打ち合わせの場となっている。また月末には場員全員が参加して定例会を行う。ここでは今月実施したことや来月予定されていることを互いに周知し、牧場運営に関して可能な限り共通の認識をもてるようにしている。運営上の問題があれば定例会が解決のための重要な話し合いの場となる。
 粗野な我々の話し合いは熱くなるときがある。牧場という小さな社会にあって、いつも一緒にいる仲間との話し合いは、話し合いが終わった後のことを考えると大変に生臭い。また職員数の少ない仕事場での「自分はこの仕事をしない」という言明は「君がこの仕事をしてよね」ということを意味する。人間関係が微妙になることを承知で話し合い、今日より明日は少しでも良いことを積み上げていこうと皆で努力している。我々の仕事は大学の付属施設としての使命を着実に果たしていくことに尽きるが、「働くとは端(ハタ)を楽(ラク)にする行為」という語源の意味をも理解しておかなければ、話し合いの目的は損なわれ使命を果たすための人間関係は瓦解することになる。
 なぜ我々は「話し合い」という問題解決の方法を選択したかというと、かって独壇場だった現場責任者の私の強引さが機能しなくなったからである。これまで大きな問題が立ちはだかったときには私の経験が唯一無二の判断基準であった。が今の私の存在は単なる昔から長くいる人になってしまった感が強い。誰もが認めていた畜産学科の設置基準としての付属牧場という時代ではなくなり、我々に対する評価基準はそれを話し合う人や場や時によって全く異なるものとなってきている。日本で畜産という右肩下がりの産業を多種多様な意見にコミットさせ価値あるものとして存続させていくためには可能な限り幅広い意見を聞くに限る。職員はアンテナを高く広げて情報収集を行い「話し合い」の場に望む。
 それぞれが十全でない者が集まって行う「話し合い」は、知識を披瀝する場でも相手を罵倒する場でもない。求めているものは、絶対的な真理でも一切か無かの潔さでもなく、明日実施しうる解決法である。合意の範囲は我々の能力に応じた解決法であり、間尺に合った「落とし所」である。もちろん内的規制を盾にして外部からの要求は全て断るというのでは本末転倒であり、それらに対応するためには我々を束縛している環境を再構築しなければならないだろう。また、話し合いの結果を実行に移して問題解決が出来そうにない場合には旧に復する柔軟性と更なる話し合いが必要となる。事件は現場で日々起きている。そんな中で我々の「話し合い」は少しずつ上手くなり、問題解決のための合意の形成が随分とできるようになった。