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日本鶏から考える、ニワトリとヒトの「過去・現在・未来」
~時を告げる鳥から、文化を彩る鳥へ。食を支える家畜から、動物の幸福や未来の食料生産を考えるモデルへ~

准教授 白石 純一(代謝制御学分野)

 『日本鶏』、皆さんはこの読み方をご存じでしょうか?この読み方は『にほんけい』と呼びます。今回はニワトリのなかでも『日本鶏』の魅力と重要性を述べてみたいと思います。
 まず初めに、ニワトリとヒトとの関係は、肉や卵を得ることだけから始まったわけではありません。日本に伝わったニワトリは、夜明けを知らせる『報晨(ほうしん)』の鳥として人々の暮らしに関わってきたとされています。天照大御神が天岩戸に隠れた神話にも「常世の長鳴鳥」が登場するように、ニワトリは古くから、朝を告げ、光を呼ぶ特別な鳥ともされています写真①。その後、日本では、肉や卵を多く生産する能力だけでなく、姿の美しさ、尾羽の長さ、鳴き声、さらには肉質など、さまざまな特徴を楽しみながら数多くの品種がつくられてきました。日本では約50種の鶏が作出され、尾長鶏、声良鶏、東天紅、大軍鶏、比内鶏など、世界的にも特徴的な形質をもつ日本鶏が現在まで受け継がれています。例えば尾長鶏では雄の尾羽の一部が生涯伸び続け、長いものでは10mを超えるようです写真②。こうした多様性は、日本人がニワトリに「生産性」だけではない価値を見いだしてきた歴史そのものでもあります。
 一方、現代のニワトリは、鶏肉と鶏卵を通して、私たちに良質なタンパク質を安定して供給する重要な家畜語句①となりました。育種改良語句②によってその生産能力は飛躍的に高められてきましたが、現代の養鶏は新たな不安定要因にも直面しています。高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)などの感染症、猛暑をはじめとする異常気象、為替変動、そして国際情勢の変化などがあります。さらに、日本の配合飼料語句③は原料の大部分を海外に依存していることからも、ロシアによるウクライナ侵略や世界的な需給変動、為替などによって飼料穀物価格は大きく変動し、配合飼料価格は一時、過去最高水準まで上昇しました。また、ホルムズ海峡をめぐる地政学的緊張は、穀物価格そのものだけでなく、原油・エネルギーや海上輸送の安定性を通じて、飼料輸送、鶏舎の空調、加工・流通など養鶏全体のコストに影響を及ぼしています。こうした状況を考えると、これまでのように「安い鶏肉・安い卵が当然」と考えるだけでは、持続的な生産は難しい状況です。とりわけ鶏卵は長年、「物価の優等生」と呼ばれてきましたが、それは生産者の努力と高い生産効率によって支えられてきた側面が大きく、農林水産省も、飼料・燃料などの生産コストが上昇する中では、適正な価格への反映がなければ養鶏経営そのものの継続が難しくなることを指摘しています。私たち消費者も、鶏肉や卵には、食料としての安さだけではなく、生産を担う農家が持続的に経営できるだけの価値があることを改めて考える必要があります。
 そして、これからの家禽学語句④が向き合うべき対象は「どれだけ多く生産できるか」だけではありません。高い生産性を追求してきたブロイラー語句⑤では、脚弱や循環器障害、Wooden breast語句⑥など、生産能力との関連が議論される問題も生じています。だからこそ、動物福祉(animal welfare)や動物自身のより良い状態・幸福(animal well-being)を、感覚的な議論ではなく科学的根拠に基づいて評価し、飼育方法として提案していくことも、これからの家禽研究者に求められる重要な役割であります写真③。行動、生理、内分泌、代謝、健康、さらにはポジティブな情動状態まで、多面的な指標を用いて「その動物にとってより良い飼育とは何か?」を問い続ける必要があります。その意味でも、日本鶏がもつ遺伝的多様性には新たな価値があります。DNA解析からは、日本鶏には外国鶏とは異なる遺伝的背景が存在することが示されており、生産性だけでは選抜されてこなかった形質の中に、疾病抵抗性、環境適応性、行動特性、肉質など、未来の養鶏に役立つ特徴が眠っている可能性もあります。日本鶏を守ることは、「昔のニワトリ」を残すことだけではなく、未だ十分に理解されていない生物学的多様性を、未来へ残すことでもあります。
 さらに、家禽を対象として明らかにされた栄養、発育、行動、情動、ストレス、環境適応などの知見は、ニワトリだけに限定されたものではありません。飼育下という条件の中で、環境と生体反応の関係を科学的に検証できる家禽研究は、家畜、伴侶動物、動物園動物、さらには野生動物の保全や管理を考える際の基礎となるモデルにもなり、それら研究成果の一部は社会実装されています。ニワトリを学ぶことは、一つの家畜について知ることだけではなく、そこには、遺伝、栄養、生理、行動、育種、生産、食料、環境、福祉、そしてヒトと動物との関係まで、多くの学問がつながっています。この広がりを意識しながら家禽学を学び、科学的な問いを立て、研究していくことの重要性を筆者は発信していきたいです。そして、ぜひ皆さんにも、このような教育・研究環境の中(ニチジュウ)で「ニワトリから動物を、動物から社会を考える」学びと研究に挑戦してもらいたいと思っています。

筆者が調査・視察した際の写真①@宮崎県:天岩戸神社…宮崎県高千穂町にある神社で、天照大御神が岩戸に隠れたとされる「天岩戸神話」にゆかりがあります。その神話では、岩戸の外で「常世の長鳴鳥(ニワトリ)」を鳴かせたとされ、ニワトリと日本神話との古い関わりを示す例として知られています。

筆者が調査・視察した際の写真②@高知県:オナガドリ(尾長鶏)…高知県で作出された日本鶏で、雄の尾羽の一部が換羽せず長く伸び続けることが最大の特徴。尾羽が10 mを超える個体も知られ、その極端な形態は人為選抜によって受け継がれてきたとされ、1952年に国の特別天然記念物に指定されています。

筆者が調査・視察した際の写真③@カナダ(オンタリオ州):エイビアリシステム…ニワトリの行動の自由度を高め、止まり木、巣箱、砂浴びなどの本来の行動を発現しやすくした、動物福祉に配慮した飼育方式。一方で、羽つつきなどの問題もあり、「ケージフリーであること」だけでなく、設備設計や飼養管理を含めて福祉を評価する必要があります。

語句説明
語句①:家畜…人間が目的をもって飼育・繁殖を管理し、利用するために改良してきた動物
語句②:育種改良…より望ましい性質をもつ個体を選び、交配や選抜を重ねることで、その能力や特徴を改良すること
語句③:配合飼料…トウモロコシや大豆粕など複数の飼料原料に、ビタミンやミネラルなどを組み合わせ、動物の成長や産卵などに必要な栄養素をバランスよく満たすように調製した飼料。
語句④:家禽学…ニワトリなどの家禽を対象に、育種、栄養、繁殖、生理、行動、飼養管理、生産などを研究する学問
語句⑤:ブロイラー…鶏肉生産を目的として、短期間で大きく成長するよう育種改良された肉用鶏
語句⑥:Wooden breast…主にブロイラーの胸筋が異常に硬くなる筋肉障害で、急速な成長との関連が指摘されています




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