教授 太田 能之(動物生産化学教室)
年末年始はどうしても開いているお店に偏った、文字通り偏食に陥りがちです。
私のいる研究室(動物生産化学教室)にはいくつかの研究チームが存在しますが、その中には偏食班というものがございます。要するに、特定の食物に偏った食事をされる方々を対象に研究をする、非常に思想の偏った研究チームですが、研究対象の動物たちは、嗜好性や形態はもとより、代謝システムまでがその食材に適応しておりますので、むしろ偏食させないと体調を壊すのですが、一方で50過ぎのおっさんの偏食は適応も半端になってきているところへの負担ですからたちが悪いです。要改善です。
しかし思うのです。お店が開いていなくて仕方なく偏食することの切なさと同時に、単なる好みで偏食になる場合、どっちがしょうもないのだろうと。
前者は他者の理論に負けた敗者のたどる道であるのに対し、後者は様々な要因が誘惑する、生物学的に奥深い世界ではないかと。
実際に、味覚に作用して嗜好性を増加させ、採食要因となる物質は、動物にとって必要な物質であることが多いです。とりわけ、ヒトでは摂取したエネルギーのうち、20%を消費する脳に必要とされる栄養素は必ずしも末梢と呼ばれる「カラダ」と一致しないどころか、いわゆる健康のためには眉を顰められる分子が多数です。
ということは、さりげなく選択して偏食している食べ物の生理作用を追うことは、栄養生理・生化学上重要なことなのではないかと思われるわけです。
これらのことから、2021年暮れから、2022年が明けてまで何となく誘引されて食した食べ物とお店について追跡調査し、考察してみました。
2021年12月某日
本年度は卒業論文の要旨提出が年内になったため、このところ脳が非常に活発に働いています。
今日の選択は某ラーメン屋Aに逝って・・・行ってまいりました。
一部の人には熱烈な支持を、一部の人には〇〇(TVで虹色のきらきらで処理されるやつ)と揶揄される存在ですが、とにかく濃ゆいラーメンを食べられる店です。
私的には、開店当初、なじみにしている某ラーメン屋B(ときたまラーメンのナイスなお店)のご主人がビール飲みながら食していたところに遭遇し、その店の成り立ち含めてご相伴にあずかりながらお聞きして以来、定期的に通っているお店です。
おなかの弱い私がお昼に逝くと、夕方には翌日の朝出す予定の消化管内容物をすべて排泄することが可能となります。
一時期、TV企画でランキングが流行っていたころに、上位にランクされ、その時に押し掛けた汗臭い方々の損失された塩分を補うためと推察されますが、猛烈に味が濃くなって、これが排泄タイミングを早期化する処理となっている可能性が示唆される味になっていたのが、定期的に改訂が行われ、このごろはこなれていい年(GG)の私でもカイネティクス的に有意に早い摂取速度を示すくらいなのですが、やはり帰宅時には消化管内容物分だけ有意に体重が減少しました。
ちょっと前にライチョウ用に作られた飼料の評価のために、ニワトリに食べていいただく試験を行い、ナイスな香りの排泄物をご提供くださるようになって、結果ライチョウ用飼料によりニワトリさんたちはじっくり消化管で発酵を進められた可能性が示唆されておりましたが、このように食餌性の成分は明らかに消化管機能に影響を及ぼすことを鑑みるに、かのお店で提供されるラーメンには明らかに生理作用が存在すると思われます。生理活性ラーメンです。
2021年12月某日
お昼になると、時間を取れる時は運動不足解消の一助にぷらっと散歩がてら昼食に出ます。多くの場合、目的地を決めて逝きますが、歩きながら心の琴線に触れた場合にふらりと寄るような、無目的行を行う場合があります。
意外と知られていない名店と言って良いナイスな逸品を出す飲食店に出会う機会もこれで得ます。なので、あまり人に教えてもらったところを前提として廻るのは習慣として持っていません。
もちろん教えていただいたところに逝くことはございます。少し前では、種付け技術に抜きんでていらっしゃる牛◯先生より武蔵野市のとあるラーメン屋Cができたときに教えていただき、逝ったことがございます。その時は煮干系スープを選択して、大した感想もなく帰ってきたことがありましたが、その後、気まぐれで再訪した時に動物系との合わせスープを採食したところ、豊かな香りに感銘を受け、認識を改めたことがございました。
いただいた情報は、全てを網羅しきれていない、断片的なもので、実験を積み重ねることの重要性を再認識させられる出来事でしたが、同時に名店をご紹介いただきながらその本質に迫るのに時間を要したおのれの不甲斐なさを反省させられる機会でもありました。教科書や文献で得た知識がすべてを示しているわけではなく、とりわけ生命科学では実際の実験で、最終的に自分の感覚器を用いて判定することが重要であると示唆されたわけです。
しかしながら、このような試行錯誤はえてして安易に結果を求めるのよりも、楽しいことも事実です。
そう考えますと、近年動物園で行われる、いわゆるエンリッチメントと呼ばれる中の、食餌を試行錯誤しながら獲得することは確かに楽しさに繋がると推察されるわけでございます。
どうせなら、組み合わせによって味や風味が変わるとか、ハズレが出るとかあるのもいい刺激になるのではないかと推察されます。
2022年1月某日(博士前期課程学位審査の前夜)
12月中に卒業論文の締切があったために、慌ただしいひとときを過ごして年が明けてゆっくりできるかというと、当然そんなことはないわけで、早速今度は博士前期課程(修士課程)の審査会が開かれます。当然審査に向かう学生さんは非常にストレスフルで、その指導を行う教員もストレスフルで、研究室全体がストレスホルモン全開な状況にあるわけです。そのストレスホルモンはいくつかございますが、その1つに糖新生系のステロイドホルモンがあります。糖新生ということはすなわち筋肉のタンパク質を分解して、そこで出てきたアミノ酸からグルコースやグリコーゲンを合成する司令となる情報を持っているホルモンです。
つまり、研究室全体で筋肉タンパク質分解と、グルコース合成を一所懸命やっている状態なわけです。これは様々な生理的機能を持つ筋肉が減っていくわけですから、甚だよろしくない傾向です。
それを防ぐには、筋肉タンパク質分解をやめさせるシグナルを持つ生理活性物質を摂取すればいいわけで、端的にいえばタンパク質や特定のアミノ酸になります。つまり、研究室で焼肉をやればいいのです。ここでなぜすき焼きではないのか、湯豆腐ではないのか、ということですが、すき焼きは生卵で絡めて摂取いたすこと、豆腐は大豆タンパク質であることが関係します。卵は一時期コレステロールが多いことから、悪者にされた時期がございました。卵を食べると血中のコレステロール濃度が高くなってしまうことが発表されたためです。のちにこれはうさぎと言う人間と全く代謝の異なる動物の結果による間違った結論であることがわかり、ぬれぎぬであることが明らかになりました。ただし、卵を、脂肪をいっぱい含んだお肉と一緒に食べるとこの限りではないということも明らかになりました。脂肪をいっぱい含んだお肉というキーワードと卵とくればすき焼き(もしくは牛丼)となりますよね。また、大豆は高タンパク質を含んでおりますがアミノ酸組成に突出したものがあり、アミノ酸の無駄が多く、代謝系、ひいては腎臓に負担をかけるリスクになります(もっともそれ以外の生理活性物質としてのメリットも大きいですが)。
なので、赤身肉だけれど、タンパク質がエネルギー化のために分解されすぎない比率で脂肪が含まれたお肉で、もしくはその脂肪を鉄板に敷く油で補いながら摂取する焼肉がこの時期の研究室には必要です。
残念ながら、感染症対策のため、実施できておりませんが、研究室の環境整備が教授の職務の一つと考えるのならば、明らかな義務と捉えられるわけでございます。幸いなことに、研究室には実験で用いる食品グレードのアミノ酸が豊富にございます。
ちなみにお肉といえば、私は豚肉が好きです。やはりふらり三鷹で見つけた非常にレベルの高いトンカツ屋さんに、SPFのロースカツ定食があります。色々な効能が謳われております。
お肉の効能は色々知られておりますが、近年食品全般で注目されているものの一つにmiRNAというものがございます。私たちの細胞は神経やホルモンを始めとした生理活性物質で情報のやり取りをしていると思われておりましたが、直接RNAをカプセルに入れてやり取りしているということが明らかになりました。ということは、マッチョになりたいヒトにはマッチョになろうと育った肉が、おおらかに健康でありたいヒトにはそう育った肉がそれぞれそうなりたいmiRNAを含んでいるのでマッチしているといえる日が来るのかもしれません。もちろん猫とかの動物食性の動物にとってもね。 つづく