富士アニマルファームMENU

牧場だより「継・いのち」

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学

第50号:思い出甦る雪景色

吉村 格(准教授/副牧場長)

2010/2/18 更新
 先日、東京では1cm程の雪が降って、滑って転んでの怪我人続出や自動車事故の発生などを伝えるニュースが流れていたが、生活する者にとって雪は本当に迷惑なものである。富士アニマルファームでも、その日の午後から降り出した雪は瞬く間に積もり、退社の時にはおよそ10cm、翌日の出勤時には35cmの積雪になっていた。車のお腹をズズーズズーと擦りながらの出勤となった。効率的生きている都会の人達に比べ、生活そのものを重装備化している我々にとっても雪は大変邪魔な存在である。
 雪と言えば約20年前、付属牧場がまだ宮城県の小野田町(現在は加美町)にあったときのことを思い出す。山形県との県境に近い最内陸部の厳しい自然環境下にあった。平年でも初雪は11月下旬にはみられ、12月下旬に降った雪はそのまま根雪となって雪解け時期を待った。職員は通勤途中で車を捨て、腰まで雪に埋まりながら泳ぐようにして牧場に辿り着いた。1mを優に超える積雪は、屋根から滑り落ちる雪と地上に積もった雪とが瞬く間に繋がって牛舎を完全に包み込み、除雪をしなければ日々の作業すら始めることが出来なかった。時には軒先からの雪が内側に入り込み窓ガラスを割ることもあった。場所によっては5月の連休まで残雪があり、地元の人々でさえ冬期間は家を閉じ里に下りて生活を営むという、まさに人を寄せ付けない豪雪地帯であった。
 夏のある日、学生実習用に乗馬クラブから借りてきた馬を馴らすために跨って牧場内を散策していたらツキノワグマが目の前を横切っていった。私もまだ若く、馬に乗って途中まで追跡したが沢沿いの茂みの中に隠れて逃げられてしまった。熊を目の前にしたのは当地に10年間いてたったの2回だけである。地元の林野組合の長老に自慢気にこの話をすると、「それは危ない!」と一喝され、滔々と熊の凶暴さについて説教を受けた。現場での教育というのは実に重要かつ恐るべきもので、その冬から熊の存在が妙に気になりだした。腰までの雪にもがきながら出勤途中に熊のことを考えると恐怖で身体は震えた。木々のざわめきが熊の出現に思え怯えながらあれこれと対策を巡らした。熊が襲ってきたら、どう戦おうか、どう逃げようかと、せめて襲われたとしても家族が私だとわかる亡骸の状態であってほしいなどと真剣に考えながら吹き溜まりの続く雪道を急いだ。
 数年後に現在の富士アニマルファームに移り、野生動物学教室の羽山先生に小野田町での出来事を話し、「自分が今生きていることがいかに奇跡的なことであるか」と言うと、「熊は冬には冬眠しますから」と専門家としての貴重な一言。「そ、そうだ。そう習ったっけ」と遠い日に学校で教育されたことは完全に忘却の彼方にあった。私の生活は長いこと重装備化されていたが、頭の中は超軽装備のまま生きてきたことを証明してしまった事の顛末である。地球は温暖化しているとはいえ、まだまだ富士アニマルファームには雪が降る。季節を感じながら、愚痴をこぼしながら、今日も除雪作業に取り掛かっている。