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牧場だより「継・いのち」

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学

第59号:「緬羊ペット化計画」我らがアイドルユキちゃん

吉村 格(准教授/副牧場長)

2010/7/06 更新
自分が産んだ子供であるのに母親が授乳せず育てないことは我々の経験からもよくあることである。分娩の苦痛と共に全身を駆け巡るホルモン作用の総体は子供を育てようとする精神状態に辿り着くはずだが、微妙なバランスの傾きは母性を欠如させてしまう。安穏とした平和な生活に侵入してきた得体の知れない生き物、しつこくメエメエと鳴き叫び、しかも極めて敏感になっているお乳にまとわりついて離れない邪魔者。本来ならば母性を呼び覚ますはずの子供の行動が敵と映ってしまっては受け入れられるはずもない。
一度母子を引き離すと後になって関係を修復するのは極めて困難であるので、なんとか母親が授乳するように諦めずに働きかけをする。せめて初乳だけでも飲ませてやりたいと頑張るのだがなかなか難しい。いよいよ最終段階になると母親を縛って子供の口に乳頭をふくませる、母親の臭いを付けるために子供に糞を塗す、母親の頭をコツンとやる。どれもこれも徒労に終わることが多いが、時に劇的に効くこともある。しかし母親が子供に攻撃をかけ始めると直ちに諦めて人工哺乳に切り換える。このタイミングは重要である。
このようにして、母親から育児を放棄され栗田職員に可愛がられて大きくなったのがユキチャンである。当初の3時間おきの哺乳は大変であった。彼は、これまでも何頭もの子羊をそうやって面倒見て成長させてきた。今回違うのは緬羊のペット化計画の実現に向けて調教を取り入れたことである。そういうことで、我らがアイドルのユキチャンは可愛いばかりでなく芸もできる。脚側歩行、お手、回れ、待て。ジャンプも少し、チンチンは笑いを誘う程度にできるが、お座りは駄目である。犬と違って、咬まない、食事は草だけで十分、年に一度は毛も採れる、連れて歩くと大変目立つなどの長所がある。
ユキチャンは羊の中にあってもアイドルであったようだ。栗田職員との毎夕の散歩が終わると群れに戻していたが、ナイショでいいこともやっていたことが判明した。いつのまにかお腹が大きくなって5月1日に双子の赤ちゃんを分娩。母親に捨てられた悲しい過去をもつユキチャンではあるが、上手に子育て進行中である。来場者にはユキチャンの子供ということで、触られたり、掴まれたり、ダッコされたり、引き離されたりと大変な目に遭っているが、生まれつきのスター達は健気に頑張っている。我々は当然この多芸のユキチャンの物語と仕事ぶりはマスコミが聞きつけて取材にやって来るものと期待していたのだが、その存在が耳に入っていないのか、緬羊のペット化計画そのものが世に受け入れられない無謀なものなのか、まだ連絡はない。