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牧場だより「継・いのち」 第62号 | 「富士アニマルファームの飼養論」
第62号:「富士アニマルファームの飼養論」
吉村 格(准教授/副牧場長)
2010/9/2 更新
今年の夏は暑い。季節の言い訳がなかったとしても、家を出ると辛辣な社会で7人の敵と戦うお父さんへの仕事が終わった後のご褒美はビールである。お父さんのストレスで乾き切った心を潤すことが出来るのは冷たいビールだけである。ゴクッゴクッと喉を震わて飲むビールは美味しそう。他に何もいらない、これだけあれば十分といった顔をしている。そんなお父さんはとても幸せそうにみえる。バケツ一杯の歯にしみるような冷たい水があったとしても、このコップ一杯のビールの力には遠く及ばないだろう。明日への活力の源となるビール。大好きなお父さん、気が済むまでたくさん飲んでね。
ひと時の幸せをふた時にもしたいお父さんは美味しい「つまみ」にも手を出しながらビールをグイグイあおって幸せの絶頂に登り詰める。ほろ酔いというより悪酔いに近い。大きなダミ声で演歌まで歌っている。しかしこの幸せが原因で、メタボになったり、肝臓が悪くなったり、尿酸がたまって痛風になったりしたら大変だ。アル中になったらどうしよう。お父さんにはいつまでも健康でいて欲しい。少なくとも住宅ローンの返済が完了するまでは元気で働いてもらわなければ困るし、私の結婚式のバージンロードを歩くお父さんは格好よくスマートであってほしい。
「幸せ」と「健康」、私はどちらもお父さんにあげたいのだが、二律背反なのか「幸せ」を求めすぎると「健康」は疎かになるようだ。お母さんは「今日は休肝日よ」「深酒は駄目よ」「ビールは高いのよ」などとお父さんへの小言は欠かさない。そこそこの「幸せ」を手許に置き留めることこそが平凡でも長く継続できる人生の最良の送り方なのだといつの日にか誓ったのだと思う。振り返ってみるとお母さんはいつも6分目程度の幸せを求め実践してきたような気もする。愛する家族を養うために世間が厳しいのは当たり前、冷えたビールに手を伸ばそうとする父さんの前に8人目の敵として立ちはだかる。
さて生産現場で働く我々はお母さんと同様の人生観をもって家畜の「健康」を求めている。あくまでも「幸せ」は従の関係でしかない。例えば家畜の放牧は「健康」の手段としてある。放牧すれば「幸せ」だとするような家畜の飼養論は、生産現場で長いこと生活している私にとってはなかなか与し得ない考え方である。自然はヒトが作った人工の環境ではない。たかが人工の草地であっても自然は十分に機能しておりヒトが思うほどに優しいものではない。それぞれの生物が貪欲に生きている世界なのである。富士アニマルファームでは、馬の放牧は朝露が乾き切らない早朝5時には既に行われ、暖かい日差しが出てきたら早々に厩舎に戻し、刺し蝿やアブなどから守るようにしている。元気に走っているからといって、それは馬たちの喜ぶ姿では決してない。それは吸血昆虫に追われ逃げまどう哀れな姿なのかもしれないのである。ちょっと気を許すとこのような結果になる。