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牧場だより「継・いのち」

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学

第71号:「家畜糞尿の堆肥化」

吉村 格(准教授/副牧場長)

2011/1/24 更新
家畜糞尿の堆肥化
 生の糞が山積みになっているところに近づきたい者はいない。そこで、循環型の環境を創世する理想の畜産の姿を語ってみたとしても白々しいばかりで、学生達を前にして説明する私は嘘つく人間とほとんど変わることがなかった。今、我々は『家畜排せつ物管理の適正化および利用の促進に関する法律』いわゆる環境三法の適用基準に従った処理を通じて、周辺環境の保全と堆肥化による資源の循環利用を目指している。しかし、言うは易く行うは難しである。富士アニマルファームでも新しく堆肥舎ができるまで、全国の畜産農家と同様に家畜から日々排出される大量の糞尿と格闘し続けてきた。這々の体ではあるが漸く糞尿の堆肥化処理ができるようになって2年が経過した。
 自然の中で物質循環は意外にも時間がかかる。この現象を微生物のご機嫌を取りながら人為的に早める作業が堆肥化である。糞尿に含まれる有機物を好気性微生物の呼吸・代謝により分解・無機化を進めていく。有機物は酸素と反応して二酸化炭素と水に変わり、同時に熱を発生させる。70℃前後の熱で材料に含まれる雑草種子や病原性微生物を死滅させ、合わせて水分も蒸発させていく。このことが嫌気性微生物の活動を押さえ悪臭成分の発生を低減させることにもなる。有機物の分解を一気に進める条件を作るためには、材料の水分を60-70%程度に調整し、細かく粉砕し均一に混合して、空隙の多い状態で発酵を促進させなければならない。そのためには堆肥舎での堆積や切り返し作業が重要となる。
 富士アニマルファームの堆肥舎は、定期的に行われる切り返し作業と相俟って、床面に有孔パイプを配しブロアで材料中に通気する仕組みを備えている。家畜から排出された糞尿は副資材と混合され、ここで3ヶ月間の発酵過程を経て堆肥として出来上がる。堆肥は特殊肥料に分類され成分表示が義務づけられている。調べてみると我々が極めて良質の堆肥を生産していることに驚いたが、残念ながら還元できる圃場をもたない富士アニマルファームでは売却するしか他はない。しかし昨年から経費削減のために牛床に「戻し堆肥」として利用することを始め、オガクズなどの敷き料と代替えすることにも取り組んでいる。環境三法が畜産サイドに立った法律であることに感謝しながら、なるべく環境に負荷をかけない技術で処理コストの低減化と高品質の堆肥生産に努力を傾注している。
 家畜の糞尿処理、即ち堆肥生産を担当してくれている寺岡職員は、これまで先人達が苦労して積み上げてきた多くの技術の中から、富士アニマルファームの環境、家畜の糞尿の質、そこで生きる微生物の相性とを勘案し、それらを見極めながら作業体系に取り入れている。実習では堆肥舎の中で、微生物の可能性とその限界について元生糞を前にして30分程度の講義が出来るようになった。勿論、学生達は素手で掴んだ堆肥を鼻先に持っていき、その触感と臭気を確認してレポートに書き込んでいる。因みに、出来上がった堆肥の売却代金は、これだけの知恵と労働力と時間とを使って微々たるものである。「無から有を産み出す」農業という産業は経済的に実に厳しいものであると思う。