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牧場だより「継・いのち」

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学

第78号:「乳用種ブラウンスイスの増殖計画」

吉村 格(准教授/副牧場長)

2011/7/13 更新

ブラウン誕生

 人はこの世に存在するだけで目的化され、それぞれが美しいと認められている。しかし、家畜という動物は人と結んだ契約によって経済合理主義に基づく機能性という美しさだけが求められ続ける。野生の中で自分の子孫を残すためだけに漂っていた多様な遺伝子が選抜淘汰を繰り返され人類生存のための遺伝子として方向づけられた。育種改良を経て人類が求める「種」としての機能性が徐々に高められていく。
 富士アニマルファームではブラウンスイス種を繋留してから既に15年になる。この乳用種はホルスタインほど高生産性ではないが、粗飼料の利用率が大変高く、粗放な管理にも耐え強健であり、また乳成分は無脂固形分が高くチーズ作りには最適であるという。バイオエタノール騒動で穀物相場が高騰して以来、我が国でもこのような特徴をもつ乳用種を導入したいとする声が全国に拡がりブラウンスイスの増殖が求められていた。
 今朝、我々の前にブラウンスイスの仔が誕生した。分娩したのはホルスタインである。今日我々は産んだホルスタインを母親と言っているが、明日からは卵子を提供したブラウンスイスを母親と呼ぶことに何の躊躇もしない。苦しみの中で分娩しお乳を与え育児することが母としての幸せなのか、それとも求められる自分の遺伝子を後世に世界中に残す事が幸せなのかはわからない。我々はそれを問うこともしない。問うことがあるとすればブラウンスイスを飼うことによってもたらされる生産者の幸せだけである。
 ある国の特殊な環境の中で長い歴史を経て育まれ作出された「種」という叡智の形を、現在では時空を超え他国でも容易に利用することが可能になった。結果として彼の地で自然の理に叶い、環境に適合し、経済合理主義に耐え得ることができれば生き残り増殖することが許される。先人達が蓄えてきた一万年の遺伝的遺産の上に新たに追加された人工繁殖技術とそれを支える日々の飼養管理、そして新たな命を迎えるたびに上書きされることになる「家畜」としての機能美。富士アニマルファームではこれらの生きた実物を前にして、学生達に人類が積み重ねた素晴らしい成果を伝えていきたいと考えている。