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牧場だより「継・いのち」

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学

第85号:「ありがとう」

吉村 格(准教授/副牧場長)

2011/10/25 更新
牛達
私が大きな声を出すとスタンチョンに繋がれて草を食べていた牛達は全頭が振り返ってくれた。学生達の実習が終わって約3週間、傷も疲れも癒え食欲も十分に出てきている。顔つきもスッキリとして皆元気になった。「よく耐えてくれた。ありがとう。」
 今回の牛達は、はじめ4年次動物科学科の人工授精・受精卵移植の講習会で利用した。これらの資格を得ようと本学において濃密な講義を受けた学生達のためである。座学で理解できなかったことでも牛達の生身の身体を使った実習で氷解することがあるようだ。いつ見ても学生達が自分の将来を少しでも高めようと真面目に真剣に取り組む姿はいい。しかし、それ故に牛達にとっては辛いものなっている可能性が高い。続いて行われた4年次獣医学科の産業動物実習では、内科学実習と繁殖学実習に利用した。50名の2班編制、将に100名の学生達に利用し尽くされた感が強い。その中で将来的に産業動物の業界に従事しようとする者は限られているが、彼らが獣医師として与えられる資格は農林水産省からのものであるし、たとえ犬・猫の業界で働くにしても基礎となるのは産業動物であることを利口な彼らは熟知している。「必要の用、無用の用」自分達の知識を広げるために必死で実習に取り組んだ。それ故、同様に牛達にとっては辛いものになった可能性は否定できない。その後、自主的な実習と称して畜産の現場に就職が決まっている学生達が超音波診断装置の画面を頼りに直腸検査法の腕を磨いた。
 このように富士アニマルファームでは春と秋に集中的に実施される実習に向け各々8頭の牛達の供給を行っている。生乳を生産し続けるか、学生達のための実習牛となるかの線引きは、かっては治療困難な繁殖障害や乳房炎の罹患状況であったが、今では消費者の求めに応じた生乳中の細菌数・細胞数が判断の大きな目安となっている。生きるに全く問題のない牛達を乳質の悪い方から廃用にするということは消費者の理解と納得を得て食料供給の使命を果たしている以上仕方のないことであろうか。飼養者の忸怩たる思いはなかなか理解してもらえないかもしれないが、私は可能ならば少しでも価値あることをやらせて送り出してやりたいと、「学生たちの将来のための教材」として「辛い実習」を乳の生産を拒まれている牛達にお願いしているのである。
 さて、私が出荷の日程を決めると栗田主任が粛々と先方との間で事務手続きをやってくれる。いよいよ明日は屠場への出荷である。牛達の大好きな配合飼料を少し多めに鼻先に投げ与えた。