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牧場だより「継・いのち」

日本獣医生命科学大学 日本獣医生命科学大学

第157号:口蹄疫の防疫演習

吉村 格 (教授/牧場長)

2016/04/07 更新
 家畜のもてる能力を十分に発揮させ生産性を上げることだけが自分たちの仕事である、と現場で汗を流している我々は思いがちである。 が、近年「食」を扱う産業である農業において法規制はやたらと厳しく、生乳の生産現場である酪農業でも地域の行政(県)による事細やかな指導がなされるようになった。それらの指導は、安心・安全な食品を食べたいという消費者の要求に適った畜産物を生産するためのノウハウであり、さらには世界規模で動くようになった人・物と一緒に世界中を駆け回る家畜伝染病に対する衛生管理のためのノウハウでもある。
 家畜伝染病の中でも世界中で最も恐れられているのは恐らく「口蹄疫」であろうと思われる。数年前に宮崎県で起きた悲劇は我々の脳裏に記憶として鮮明に残っている。今日も近隣国で発生しているという情報が入ってきた。特定家畜伝染病である口蹄疫の伝染力は凄まじく、感染すると急に熱発し、涎をたらし、唇・歯茎・舌に水疱ができて食欲はなくなり、蹄の周りにも水疱・潰瘍ができ痛くて歩けなくなる。そんな「口蹄疫」の防疫演習を富士アニマルファームで実施させてもらえないかと山梨県家畜保健衛生所から申し出があり施設を全面的に解放して協力させてもらった。
 今回の演習は、農林水産省が全都道府県に指示して実施された大がかりなものであった。
 その内容は、異常家畜の症状等に関する調査および疫学調査・異常家畜の写真撮影・立ち入り調査手順の確認・殺処分手順書および殺処分動線図の作成・排泄物および家畜死体の搬出履歴および搬出先・過去に出入りした人および車両の履歴、並びにそれらの移動先を調べるなど広範囲にわたる作業であった。チェックすることは多岐にわたり、それらは詳細に記録されていく。家畜保健衛生所で口蹄疫と思われる牛が出現したらどのように対処すべきと既に決められている手順を確実に実行するための演習であった。
 今回の2日間の演習に参加して反省させられたことがあった。それは自分が規定していることと社会が規定していることの齟齬についてである。現場で働く人間にとって「畜産の現場」とは、家畜を飼養しながら畜産物を生産する場所である。一方、行政は「畜産の現場」を、病気を出すかもしれない場所、規格外の食品を生産するかもしれない場所、と捉えているかもしれない。そのために遵守させなければならない法律の網を被せ、現場への指導は欠かせない重要な仕事となる。今回の演習で、我々の存在や仕事は自分自身で規定するだけでは十分でなく、社会からの監視、特に法律によって規制され外からも形作られていることを認識しなければならないと強く実感させられた。そしてそれらの指導によって我々の「畜産の現場」が守られていることを十分に理解し納得することができた。