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第72号:ブラウンチーズでホエイをアップサイクル!

【初めに】
 ノルウェー原産の「ブラウンチーズ注1)」と言う乳製品をご存知でしょうか?
 ブラウンチーズとはチーズ製造時に排出されるホエイを加熱濃縮して製造する乳製品で、一般的な外観は茶色で煉瓦(レンガ)のようなブロック状、そして風味はやや甘く、口溶けが良いキャラメルのような食感の乳製品です。ノルウェーではスライスしてワッフルやトーストに乗せたり、料理に入れたりして食べますが、日本ではまだ馴染みがある乳製品とは言えません。
 しかし、私達はこのブラウンチーズがチーズ製造業で悩みの種である「ホエイ」の問題、特に中小規模生産者が抱える問題を解決する可能性があると考え、日本独自のブラウンチーズ開発を行なってきました。このコラムではその経緯を紹介します。

【開発背景】
 現在、日本のチーズ生産者は300軒以上存在しており、その大半が中小規模の工房になります。
 チーズを製造すると原料乳100kgのうちチーズになるのはたった10kg、そのうち90kgのホエイは廃棄しなければいけません。大手乳業会社の場合、余ったホエイを粉末にして新たな食品素材を作ることも可能ですが、中小規模の生産者にとって技術的にもコスト的にも全く不可能な方法なので、基本的には浄化槽で廃棄処理する方法が優先されているのです。
 ホエイは糖分やタンパク質などの有機物を含んだ貴重な資源であるため、より多くの生産者が廃棄するだけではなく付加価値をつけてアップサイクルする事ができれば社会的にも経済的にも有益だと考えられます。私達はその手段としてブラウンチーズを選択したのです。

【技術開発と普及】
 日本オリジナルのブラウンチーズを開発・普及させるために大事なのはやはり「風味」です。
 ノルウェーのブラウンチーズはミルクの滋味深い味わいを感じることができますが、これまで日本人の食経験にはなかった食べ物なので、好き嫌いがはっきりと分かれる傾向がありました。
 そこで私達は乳糖分解酵素「ラクターゼ」を用いて、ホエイ中のラクトースを分解することで甘みを増加し、砂糖を加えずにキャラメルやチョコレートのような、多数の方に好まれる風味に仕上げることに成功しました。
 どのような分野でも技術だけを開発しても普及に繋がらないものです。当然ですが日本にはブラウンチーズの製造経験者がほとんどいない為、作り方だけ紹介しても上手く作れず、生産者からは難しいと言う声が本学に多数届きました。そこで、日本全国誰でも作れるように乳業機械メーカーと協力し、昨年ブラウンチーズ製造機を開発することが出来ました。
 小規模生産者向けの専用製造機としては世界でも珍しい機械だと思います。
 遂に今年からこの製造機で製造されたブラウンチーズが市場に出始めました。まだまだこれからですが、日本全国のチーズ工房が個性的なブラウンチーズを製造することで、私達は色々なご当地のブラウンチーズを楽しみながら乳資源を有効利用していくことが出来ると思います。

【終わりに】
 ご存じのように昨今の燃料および物資高騰は私たちの生活だけでなく、日本の酪農産業にも打撃を与え始めています。今後原料乳の値上げは避けられず、チーズ生産者にも大きな影響が出ると考えられます。今まさに、乳製品加工業界に大きな転換期が訪れていると考えられます。日本獣医生命科学大学は私立大学の中で最も古くから乳製品やチーズを研究している農学系の大学です。これまでの研究は西洋技術の模倣が中心でしたが、これからは日本に適した資源循環型、そして日本でしか出来ない乳製品文化の創造を目指して研究を進めていきます。

注1)日本では「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令(乳等省令)」に定義が無いためチーズと名乗ることができない。本稿では便宜上、商品名として認知されている「ブラウンチーズ」と表記させて頂く。