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第74号:香辛料のウエルシュ菌にご注意!

 令和4年に発生した細菌を原因とする食中毒のうち、ウエルシュ菌によるものは事件数でカンピロバクターに次いでサルモネラ属菌と同順位の第2位(22件)、患者数では第1位(1,467人)、令和3年は事件数ではカンピロバクターに次いで第2位(30件)、患者数でも病原大腸菌に次いで第2位(1,916人)、さらに令和2年も患者数で第2位(1,288人)と、近年の我が国の細菌性食中毒の主要な原因菌の一つとなっております。
  Clostridium属に分類されるウエルシュ菌(Clostridium perfringens)は偏性嫌気性グラム陽性芽胞形成桿菌であり、ヒトや動物の腸管内、土壌、下水、河川などの自然界に広く分布しておりますが、このうち、エンテロトキシン等を産生する一部のウエルシュ菌が食中毒の原因菌となります。多くのエンテロトキシン産生性ウエルシュ菌の芽胞は100℃1~6時間の加熱に耐えると考えられておりますので、通常の加熱調理では食品中のウエルシュ菌の耐熱性芽胞を死滅させることは不可能と思われます。

 ウエルシュ菌は特に食肉に高い確率で汚染しておりますことから、食肉を使用した加熱調理食品(カレー、煮物、肉団子など)が媒介食品となることが多く、また、魚介類の加熱調理食品(煮物、フライなど)や野菜を用いた煮込み料理でも報告がみられます。一方、スパイスやハーブ、さらには多種類の香辛料を用いて製造されているカレールウからもウエルシュ菌が検出されることが報告されております。これら香辛料は植物ですので、自然界に存在する細菌で汚染されております。自然界に存在する細菌のなかで、ウエルシュ菌が属するClostridium属菌をはじめ一部の細菌が形成する芽胞は一般に熱、紫外線、乾燥などに強い抵抗性を示し、自然環境下で長期間生残します。スパイスやハーブといった香辛料は風味(香り、辛味)や色調を出すなどの目的で多くの料理に使用されますので、ウエルシュ菌に汚染されている香辛料を用いればその料理がウエルシュ菌に汚染されてしまいます。

 以前、筆者らは市販のターメリック、オレガノ、ナツメグ、ブラックペッパー、タイム、コリアンダー、カレーパウダー、ガラムマサラ、七味唐辛子などの香辛料100検体についてClostridium属菌の汚染状況を調べました。その結果、24検体(24%)よりウエルシュ菌が検出され、さらにClostridium属菌は47検体(47%)から検出されました。なお、これらの調査で検出されたウエルシュ菌はすべてエンテロトキシンを産生しませんでした。同様に、60検体の市販カレールウについてもウエルシュ菌を含めたClostridium属菌の検出状況を複数の分離手法を用いて調査しました。その結果、7検体(12%)よりエンテロトキシン非産生性のウエルシュ菌が検出され、さらに、Clostridium属菌は37検体(62%)で陽性でした。このように、エンテロトキシンは産生しなくても、ウエルシュ菌や偏性嫌気性菌であるClostridium属菌が検出されたことから、これらの細菌にとって市販の香辛料やカレールウは十分生残できる環境であることが判明するとともに、エンテロトキシン産生性のウエルシュ菌も生残可能であることが示唆されました。

 さらに、カレーに限らず、香辛料を使用するあらゆる料理の調理後の温度管理は極めて重要であることもあらためて示されました。調理済みの料理をすぐに喫食せず室温等、適温に長時間放置することで加熱調理の過程で生き残ったエンテロトキシン産生性ウエルシュ菌の芽胞が発芽し、大量に増殖してしまいます。ウエルシュ菌食中毒は、食品中で大量に増殖したエンテロトキシン産生性ウエルシュ菌を食品とともに摂取し、腸管内で芽胞を形成する際に産生されるエンテロトキシンにより引き起こされます。調理後室温放置したカレーを翌日喫食してウエルシュ菌食中毒が発生した事例が実際に報告されております。食材に存在するウエルシュ菌の芽胞を死滅させることは一般家庭における加熱調理条件では困難であるとしても、それがヒトに食中毒を起こす菌量(108個以上の摂取が必要とされています)まで増殖するのを防ぐことは可能です。ウエルシュ菌の発育温度域は10~48℃であり、4℃では増殖せず、15℃では増殖が遅いとされておりますことから、調理後すぐに喫食しない食品は冷蔵庫で保管するなど、日頃からの心がけが食中毒の発生防止につながります。なお、冷蔵庫で保管する際、小分けすることで食品の温度を下げる時間が短縮できます。ウエルシュ菌による食中毒の予防対策は一般家庭、飲食店、集団給食施設のいずれにおいても基本的に同じです。

 ところで、自然界に存在し、香辛料を汚染する可能性のある芽胞形成性の食中毒原因細菌としてウエルシュ菌以外にもセレウス菌(Bacillus cereus)やボツリヌス菌(Clostridium botulinum)が考えられます。これらの細菌についてもその性質を十分理解したうえで、対策を講じる必要があります。